<東日本大震災>わずか2時間の我が家 川内村一時帰宅
毎日新聞 [5/10 22:05]
持ち帰った荷物を手に中継基地の村民体育センターに戻る一時帰宅の参加者=福島県川内村で2011年5月10日午後2時52分、西本勝撮影
東京電力福島第1原発事故で、立ち入りが規制されている警戒区域(原発から半径20キロ圏内)内の住民の一時帰宅が10日、福島県川内村で初めて実施された。54世帯92人が参加し、2時間の滞在時間中、事前に配布された70センチ四方のビニール袋に持ち帰る物を入れ、ペットや家畜の安否を確認するなどした。参加者の累積放射線量は1~10マイクロシーベルトで、終了後のスクリーニング検査で除染が必要な人や物はなかった。参加者のうち50~70代の女性3人が、中継基地の村民体育センターに戻ってから「気分が悪い」と訴えたが、その後回復した。一時帰宅の対象は福島県内の9市町村で、12日に葛尾村でも行われ、その後は準備の整った自治体から順次実施される。

◇娘の結納写真持ち帰る父

荒れ果てた田んぼのそばに咲く満開の山桜。その鮮やかさが痛々しい。10日、警戒区域への住民の一時帰宅に同行した。

曇り空の中、防護服を着た住民を乗せたバスが中継基地を出発したのは午前11時20分ごろ。同行取材の報道陣が乗ったバスは、20分ほどあとに出た第2陣のバスを追った。厚手のマスクに防護服。フードをかぶるため暑くて息苦しい。ゴム手袋の中はすぐに汗ばむ。

5分後、警察官が警戒する検問所を通過し警戒区域に入った。つづら折りの山道を走ること約20分で目指す吉野田和地区に着く。民家の雨戸は閉じられ、自動販売機の電気は消えている。田んぼはパサパサに乾き、畑には雑草が生い茂る。

この地区に住む小林信一さん(65)は、玄関先で配布されたビニール袋の中を1人で整理していた。中には次女一枝さん(33)の結納の写真。一枝さんは3月26日、浪江町で挙式の予定だったが、震災でできなくなった。婚姻届は出したが、2人は大熊町に住んでいたため、今は白河市の仮設住宅にいる。

一枝さんのウエディングドレスや着物が楽しみだった。「原発がなきゃ、こんなことになんねかった。晴れ姿が見たかったなあ」と唇をかんだ。

小林さん方から300メートルほど離れた場所に住む秋元哲雄さん(74)は35年間、畜産業を営んできた。この日は妻カツ子さん(73)と一時帰宅した。

自宅の庭には自生するゼンマイ。この季節は、集落の至るところにウドやワラビなど山菜が顔を見せる。

毎年、夫婦で山菜を採りながら、ふるさとの自然の豊かさを味わうのを楽しみにしていた。

飼育している繁殖用和牛10頭は、警戒区域が設定される前々日の4月20日、自宅裏の牧場に放した。

「防護服を着てったら、オレのこと宇宙人と思わねえかな」。避難生活を送る郡山市の施設で、秋元さんは普段「べえ」と呼んでいる牛との再会を心待ちにしていた。だが、約20日ぶりに訪れた牧場に牛の姿はなかった。

自宅周辺を1時間ほど歩き、牛を探した。朝方までの雨のせいか、湿気が多い。近くの道路には、牛らしき足跡が点々と続き、道路脇の草を食べたあともあった。

「群れになって生きているのは間違いねえ」

疲れ切った様子で牛舎に戻った秋元さんは、牛がいつ戻ってもいいように餌場に草を置いた。「胸をさすってやると、本当にうれしそうな目をするんだから。国や東電は殺処分とか補償とか言うけど、そう簡単にあきらめつかねえんだ。家族と同じなんだから」

自宅や牛舎に被害はない。警戒区域さえ解除されれば、いつでも牛を育てられる。

牛舎の中でつぶやいた。「寒くなる前に帰れれば、牛も続けられる。生まれ育ったこの場所に早く帰ってきてえなあ」【佐々木洋】

東北地方に低気圧 東日本から西日本にかけ激しい雨の恐れ
産経新聞 [5/10 16:27]
気象庁は10日、前線をともなう低気圧が東北地方を通過する影響で大気の状態が不安定になり、東日本と西日本で12日にかけて、局地的に雷を伴った非常に激しい雨が降る恐れがあるとして、土砂災害や低地の浸水、河川の増水・はん濫への警戒を呼びかけた。

同庁によると、局地的に雷をともない1時間に40ミリから50ミリの非常に激しい雨が予想され、落雷やひょう、竜巻などの激しい突風にも注意が必要としている。

11日午前6時までの24時間の予想雨量は、多い所で北陸地方が180ミリ、東海、近畿、中国、九州北部で150ミリ、甲信、四国で120ミリ、沖縄で100ミリとなる見込み。西日本と東日本の雨量は、12日にかけてさらに多くなるとみられる。

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