思えば、不思議な御縁が前年の秋ぐらいからフツフツと動きだし、実際に神戸三ノ宮へ行きだしたのが12月上旬だっただろうか。

元々体が弱い方で自分の街以外に出歩く事も少ないまま歳を重ねていた。
外出は市外や大阪は勿論、神戸等とても考えられなかった。

それがふとしたきっかけから通いだし、週一がピークは週三四回通うほどになっていた。
私にとってかなりな遠出のはずが、いつの間にか、引き寄せられるように通い詰めていた。全く苦にならないでいた。

前日は京都でインド占星術の先生に見てもらいに友達の家にお邪魔していた。が、何かわからないが、自分も周りの方々もどこか変だった。
何が原因かはわからないが普通じゃない事をしたり、感じたりしていた。

友達も同じだったらしく、何だか中々帰れなかった。やっと帰り道に出てきても月が何だか異様に見えた。

そして翌日早朝酷く揺れ、少し納まりかけたら慌ててTVをつけると神戸放送局の映像が…

後は本当に悪夢のようだった。こちらはまだそれほどでもなかったが、信じられない映像が…

こちらにいて出来る事は各種放送を聞いて電話で伝えるしかなかった。

交通機関が近くまで通りだした頃漸く通いだした。
王子動物園に近づくとブルーシートが増えだし、王子動物園からは徒歩で

街が、家が、電柱が、信じられないパノラマにただ圧倒された。

荷物を持って皆ひたすら歩いた。

画面の情報が現実に目前にすると、とんでもない威圧感が襲ってくる。
斜めになった2階が目の前にある…
傾いたビルが隣に寄り掛かってる。高速が…
出来るだけ考えないようにした。見えても実感してしまうと凍りつき動けなくなる…

電話の向こう側の恐怖の叫びは忘れられない。

すぐ支援に通いだした方々のようにはとてもできなかった。週末毎に行くのが精一杯。たとえ焼石に水くらいでも…
何もできなくても反対にずいぶん熱い心を戴いた。


たいしたことはできなかったと思うが、
あの日のひと月前に御縁を戴いていなかったら、きっとあんなに通う事もできなかっただろう。


あの日がやってくる

1995.01.17.05:46 追悼