Onさんは、トレーニングを兼ねて頻繁に石室に顔を出してくれる。
しかし、管理人室に入って来るのは珍しい。
管理人室のドアを開けて、いつものように「こんにちは。お疲れ様です。」と笑顔で挨拶してくる。
「お疲れ様です。Onさん!」と返す。
すると、管理人室に入って入口近くに腰掛けた。
「先日は、大変お世話になりました。」と笑顔で言う。
ああ、数日前の救助のことだな、とすぐに理解した。
「いやー!
えすきもーさんに怒鳴られた!叱られた!って若い隊員が話してました。アハハ!
本当にありがとうございます!
ナカナカ言ってくれる方がいないので、いい刺激になったと思いますよ。」と笑いながら話してきた。
もう、どうしたら良いのだ!というくらい恥ずかしくなった。
「いや、怒鳴ってはいないんですけどね。
あまりにもマニュアル化し過ぎて、思いやりに欠ける対応だったので、一言言ってしまいました。
隊の身の保全を全面に出した救助をマニュアル化しているのはわかります。
でも、そこが強調され過ぎですよね。」
「そうなんですよね。でも、言ってくれる人がいないので、良い刺激になったと思います。」
若い方よりも、消防の上の方々の意識が変わらなければ、間違わないようにただひたすらマニュアルをこなすという作業の繰り返しになる。
訴えられないように、と言うのが見え見えなのだ。
1週間の休みの後に石室に入った。
昼前に石室に到着すると、相方のKg君が「あっ、
そういえば数日前に旭川の山岳警察隊の隊長という方が、ここまで訪ねてきましたよ。」と言う。
「?先日の救助の言い訳か?」と思いつつ、
「そうなんだ。何しに来たのかね?」と言うと、
「先日の救助でお世話になりました。救助要請を受けた電話が2回で、その番号が違っていたのでそこが警察は気になっていたと言ってました。
SIMカードが2枚スマホに入っていたので、緊急電話をしたときの番号が2つになったと言ってました。」
「Kg君に言っても仕方がないけどさ、それは初期段階から警察がきにしていたんだ。
救助要請の電話したAさんに理由を聞いたけど、わからないと言われてね、スマホの持ち主がわからなければ、スマホを得意としない私なんてわかるはずがないよね。
その時、履歴と時間を見て警察に伝えたんだ。
かかってきた時間と、Aさんがかけた時間が一致したと言っていた。
それと、北鎮岳の山頂には誰もいなかったというAさんの証言があったのに、それも信じていなかったということになるんだよね。
どこまで疑い深い組織なのかね?」と不満をぶちまけてしまった。
わざわざ石室まで私に言い訳しに来なくてもいいのにね、と思った。
すると、「わざわざ石室まで私に言い訳しに来たのではなくて、山岳救助の訓練とパトロールとして来たついでにえすきもーさんに挨拶に来たようですよ。」
そう言われて、少しホッとした。
わざわざ来られても気が引けるしね。
それにしても、消防も警察も隊としての規律と
マニュアルが厳しいのだろうな、と痛感した。
「間違いは絶対許されない。」という覚悟と隊の威厳というものを感じた。
でもね、救うのも人間、助けられるのも人間。
そこを忘れないでほしいと思った。
これを機に、これからは消防と合同訓練をしたいですね、とOnさんと話していた。
取り敢えずは、まず消防の上級救命講習を石室管理人が皆受講する必要がある。
管理人の意識レベルとスキルアップを図っていきたいと私個人は考えている。