職業差別(3)
「美砂ちゃん、食べ終わったら帰るんでしょ?」
「はい。」
「お金は持って来てるのね?」
「はい。」
「じゃあ自分の分は払って帰ってね。
私とヒロ君の分はもう払ってあるから。」
美味しい料理を食べながらも、ママと私の関係は依然気まずいまま。 宏樹は無関係を装って、黙々と料理を食べ続けています。 私もママに声を掛けられない限りは無言で食べていました。
「美砂ちゃんは風俗に抵抗無いんでしょ?」
わざわざ終わった話を蒸し返し、人を不愉快にさせるような言葉を吐く、このクソババママの頭の中をかち割って覗いてみたいものです。 私は 「やれやれ」 という風に、軽く溜め息をつきながら食事の手を休め、答えました。
「風俗業の人を差別したりしません。 それだけです。
部落出身者だとか、そんな事にも興味ありません。」
このしつこいクソババママが、私の言葉を聞いて引き下がるとは思えませんでしたが、この後、話は意外な方向へ反れて行きました。
「じゃあ自分でもやっちゃうんだ。 やった事あるの?」
「私には、やりたい仕事と、そうでない仕事があります。
私は風俗はやりたくないです。
男性に身体を触られるのが嫌いだから。」
「ほら、自分でも差別してるじゃない(笑)。
やりたくないんでしょ? それが差別じゃない。」
「差別ではありません。
さっきお店の人に注意されたばかりでしょう?
もう、いい加減この話題は止めてください。
私も困りますから。」
「さっきのは部落民の話でしょ? 今は風俗の話よ?」
「同じことですよ・・・。
特定の職業・出身の人を差別する話題には変わりありません。
こんなの、お店の中でする話じゃないですよ?」
・・・と、その時。
「うるせぇよ。」
隣のテーブルにいたカップルの男性の方が一喝しました。
女性の方もこちらを睨んでいます。
「じゃあアンタたちが出て行きなさい。
ずっと私たちの話を聞いてたんでしょう? 気持ち悪いっ!」
「母さん!! もう止めろって!!」
「他人をジロジロ見るんじゃないよ!」
「この人(私)も困ってんだろ!?
どう考えても非常識なのはアンタの方だよ!
聞かれたくなかったら小声で話すか外で話せよ!」
「ちょっとぉ~!! ミエさん!
この隣のお客さんどうにかして!!」
ママが暴走しました。
私はその場から立ち去りたくて仕方がありませんでした。
それはきっと、息子である宏樹も同じです。
そして慌てて奥から駆け寄ってきた女主人。
隣のテーブルへ深々と頭を下げながら謝罪しています。
「申し訳ありません・・・!
お席の方をすぐ移動しますので・・・」
「もういいよ。
こんな客がいたんじゃ空気が悪い。
今日はもう帰りますから。」
「本当に・・・申し訳ありません・・・!
済みません・・・!」
「なんでミエさんが謝るの?
いちゃもんつけてきたのはこの客じゃない!
空気悪くしてるのはこの・・・」
「お静かにお願いします。」
女主人はママにそう言い放つと、隣のカップルの帰り支度を手伝い、そのままレジまで同行していました。 レジの方からは女主人の 「お代は結構ですから・・・」 という声が聞こえ、本当に申し訳ない気持ちになりました。 これは立派な営業妨害です。
「女の店なんてやっぱこんなモンかね。
こんな小さな店だから客が喧嘩するのよ。
ヒロ君、アレ(女主人の事)にもう帰るって伝えてちょうだい。」
今度は怒りの矛先が女主人へ向けられました。 カップルを店の外まで見送った女主人は私たちのテーブルへ来て、食べ終わった分の食器を拾いながら、何事も無かったかのように振舞いました。
「今すぐ次のお料理をお持ちしますので・・・」
「もう結構。 私たちも帰ります。
ほら美砂ちゃん! 早くお金出してあげて!!」
そう言うとママは席を立ち、宏樹を連れてサッサと店の外へと出て行ってしまいました。 店の中には、取り残された私と女主人。 私は申し訳ない気持ちでいっぱいになり、頭を下げて謝りました。
「ごめんなさい・・・。 こんな事になってしまって・・・。」
「アラ、何も気にする事は無いのよ。
客商売ですもの。 ハプニングはどこのお店にも付き物。」
「いえ・・・。 これは私たちの失態です・・・。」
「いいえ。 それより、あなたは大変ね・・・。
あのお母様の話、私も納得行かないもの。
あまり深く考えず、適当に頷いてればいいのよ。」
「始めからそうしていれば、こんな事には・・・」
「あなたが責任を感じる必要なんて無いのに・・・。
だから、またいつでも来てちょうだい。
今日のお詫びに、何か美味しいものをサービスするから。」
この人の良い天使の様な女主人の笑顔に慰めてもらい、私は少し元気が出ました。 本当はこの人だって傷付いているだろうに、私のために笑顔で振舞ってくれて・・・。
女主人は私にお店の名刺を渡し、入り口まで見送ってくれました。
「あれ? お母様たちは・・・?」
「あ、あれ!?」
なんと、店を出るとママと宏樹の姿がどこにもありません。 店の前では気まずくて、何処かへ歩いて行ってしまったのでしょうか・・・。
「帰っちゃったのかしら・・・。」
「どうでしょう・・・。 息子の方に電話で確認を入れてみます。
今日は美味しいご馳走を、どうもありがとうございました。
最後まで食べれなくて本当に残念です・・・。」
「今度はゆっくりお友達とでも食べに来てね。
ランチもやってるから、女性ひとりでも大歓迎よ!」
女主人に見送られ、私は店を後にしました。
そしてすぐに携帯で宏樹に連絡を取ってみると・・・
「宏樹? 今どこにいるの?」
「あ・・・もう駅まで来ちゃった・・・。」
「今日は帰らないって! 実家に泊まって行くって言いなさい!」
「今日は実家に泊まってかなきゃ。」
電話の向こうからママの声がハッキリ聞こえて来ます。
「そっか。 じゃあ私は今から家に帰るね。
土日は実家でゆっくりしておいでよ。 ね?」
「え・・・うん・・・。
あ、もし良かったら美砂も泊まりに来たら?」
「私はワンコ(飼い犬)たちのお世話もあるし、帰らなきゃ。」
「うちは駄目! 泊まれないよ! ヒロ君だけ!」
「うるさいな! ちょっと黙ってて!」
「ゴメン、母さんがうるさい・・・。」
「うん・・・。 じゃあ電話切るね。」
「また夜に電話するから。 犬たちをよろしくね。
今日はなんか・・・ほんとゴメン・・・。」
こうして私は一人で帰宅しました。
この時はまだ、ママとは一時的な喧嘩だと思っていたのですが、ママにとってはこの日の出来事が、私を徹底的に嫌うキッカケになっていたのでした。