長らく書けてなかったけど、今日は久しぶりに書いてみます。

読んでくれていた方はご存知の通り、
大事な息子、GEN のこと。









知ってる方もいるかもしれないけど




息子、源司は
先々月の5月9日
皆が見守る中、静かにお空へ旅立っていきました。




最後の最後までただひたむきに戦い続けてくれた。

一年以上に及ぶ闘病生活、
どんなときも笑顔で、前向きで。




退院がやっと見えてきた矢先、
移植の合併症が原因でした。

6歳10ヵ月 でした。





昨年の2月、源司の病名が小児がんの一種である神経芽腫と分かり、

私達家族と源司の戦いはいきなり始まりました。
これから待ち受けてる治療の方針を説明されても、源司の小さい体が癌に犯されたレントゲンを見せられても、
到底現実だと受け止めきれなかった。

ただ、主治医からの
「この治療を全て行っても、。。2割です」

の言葉が頭をぐるぐる回って、
意味がわからなくて
ただ泣き崩れるしかできなかったあの日。



でも、病室に戻れば何も知らず笑いながら遊んでる源司が居て、

そんな源司が愛しすぎて、絶対に離したくなくて、
この子なら絶対に2割に入る。泣いてる場合じゃない!絶対に助けよう!って家族で誓い、どうにか奮い立たせていました。




普通の日常から
源司はたった5歳にして癌患者になり、
私は癌患者のママになりました。

たった数時間前まではそんなこと微塵も考えてない、
ありえないけど、受け止めきれないけど、
全てが現実でした。



2割という確率。
あまりにも頼りなくていつも不安で。

もちろん源司にはそんなこと言えるわけがなく、、それでもあれだけの治療をしていくなかで自分の体が普通の病気ではないことを察していました。

なん十回も吐いたり、髪が抜けたり、
当然、怖かったと思います。
まだ5,6歳で向き合えるわけがないんです。


それでも彼は少しでも気が紛れることを探して、いつも笑ってて。
強く前向きに頑張ってくれた。
何度も何度も私達が救われていました。











今、源司を失い思うことは
たった6年しか生きれなかった源司に
私は普通の母親が子に与えられる一生分の愛を与えられたのか、
楽しい思い出を作ってあげることが出来たのか、
思う存分抱きしめてあげられたのか、

そんな事ばかり考えてしまいます。



でも先日、源司の四十九日を終えて、
源司の為に集まってくれた皆の顔を見てると

源司は私だけの源司じゃなかったんだなと改めて思った。


辛いのは私達だけ。なんて考えてたことも正直あったけど、

源司と接してくれた人、たくさんの方が源司を思い、支えてくれていました。




亡くなってから毎週欠かさずお線香をあげにきてくれる友達。

ご飯を持って会いに来てくれる友達、


遠い所にいても心配して連絡をくれる友達。

一緒に戦ってくれた病院関係者や
励まし合った小児病棟の仲間。

何通もの手紙や、お守りをもって沢山面会に来てくれた
幼稚園のお友達や先生。


ずっと側で支えてくれた家族。両親。親戚。

優しくて強いヒーローみたいな兄が大好きでずっとずっと我慢して頑張ってくれていた弟、桂吾。


本当にたくさんの方に、
たくさん支えられていた。

四十九日を終え、改めて思うことが出来ました。


皆、源司が大好きだよって伝えてくれる。
たった6歳なのに。ほんとにほんとに
源司は凄い。誇らしい息子です。



闘病生活を源司の立場で思い返すと、
胸が引き裂かれそうになるくらい辛い日々の連続でした。
それなのに源司は不思議なくらい笑顔で、

そんな源司とずっと一緒に居れたあの日々は私の"今"を救ってくれています。









悔しい。  憎い。  会いたい。

退院目前で、、
源司が一番悔しいよね。
辛いよね

俺が体の悪いモノやっつける!ってどんなに強がってても夜はギューしないと寝れなかったのに。。
心細くてずっと泣いてるんじゃないか、、

そんな感情が溢れてどーしようもない日も当たり前のようにあるけど、

そんな時も、ふとした瞬間、源司は笑顔でふわっと目の奥に浮かんでくる。


だから、その笑顔が消えないように
ママもちゃんと前に進まないといけないなってと思ったよ。


きっとこれからも沢山泣くけど、
源司はそんな風に今、私の心の中に居てくれています。

失ってからもなお支えられてます。。

















可愛くて、可愛くて、可愛くて。、
甘えん坊だけど男らしくて
本当に愛しすぎる息子。



ママは絶対にまた源司に会えるって信じてる。その時までちゃんと頑張るね。





うまれてきてくれてありがとう。
げんじのママになれて、ママはしあわせでした。
こんなママなのにどんなときも、
だいすきでいてくれてありがとう。



ずっとずっと
あいしてる。











▷▷▷








四十九日が終わり、私の中で一つの区切りとして書きました。


内容が内容であり、辛い思いをさせてしまったらごめんなさい。

でも本当に、日常に当たり前なんてないんだと凄く感じています。






お空ではどうか少しでも安心して笑っていれますように、、

神様が本当にいるなら
それだけは叶えてあげてほしい。




支えてくれた皆、
今まで本当にありがとうございました。
お久しぶりにニコ



2月?だったかGENの事をブログで🆙してから、だいぶ月日が経ってしまいましたが。。


今、GENは元気です!



予定通り、5回の化学療法を終え、
大量化学療法→自家造血幹細胞移植→
原発摘発手術→陽子線

とフル治療で頑張ってます❕


自家血の移植が無事終わってからは
比較的、週末には外泊が出来てたり、

家族皆で過ごせる時間も増えてました😊


あっという間の10ヶ月。


まだこれから臍帯血移植という最後の
たっかーい壁が立ちはだかっているけど、

これもGENの力を信じて挑むのみです。


GENも強くなったけど
私もだいぶ強くなった。


無菌室を体験した親子は精神的に強くなる
って、
病院あるあるなのか?皆に言われたけど、

ほんとその通りで、
一つの部屋にGENと二人っきりで過ごしたあの一ヶ月半は確かに大変だったけどとても有意義な時間でした。


二人だけの夜
二人だけの会話


病気のことや、これからのこと。
どれだけ愛しているか、
必要とされてるか、
二人だけでたくさんたくさん話しました。


GENは本当に戦ってる。

告知されたあの瞬間からGENにとってはいきなり訳のわからない日々になって、
痛い事、気持ち悪いこと、嫌な事、。数え切れないくらいたくさんの事を我慢しなきゃいけない日々になっちゃって。

だけど
元気な友達を羨んだり、
家に帰りたいとか、
治療したくないとか、


親が本当に困るわがままは一切言ったことがなくて、
長い闘病生活だけどGENの性格に何度も救われてきました😢





先月下旬に
無事に原発摘出の手術が終わったので、

今行ってる陽子線の治療が終わったあと、


今月の18日から予定されていた最後の治療、
臍帯血移植への前処置が始まります。
27日ころから無菌室へ行く予定です。

臍帯血になるから
無菌室から出てこれるのは自家の時より遅く、2月ころになるのかな。。


今年はXmasも年末年始もないけど、
また二人きりの特別時間だと思って過ごそうと思います。

無事に出てこれるように頑張ろう!



Xmas当日は前処置薬が入っていてゲロゲロかもだけど、

さすが小児科病棟!
12月は毎週1回は必ずXmasイベント🎄が組み込まれてるようで♡


先週もあわてんぼうのサンタさん来てくれたよ🎅






お家でも、
外泊中に急いで出したクリスマスツリー🎄
飾りつけはオチビ二人にお任せ😊




完成して、写メがブレるほど喜んで
すぐ疲れる兄😅w


KEIの謎パンダは、
兄が帽子かぶってるのが羨ましくて真似して被ってるやーつ笑♡


KEIもほんとに可愛い♡
この10ヶ月で家族皆がびっくりするくらい成長したよ〜

よく我慢してくれてて、KEIにはとびきりのサンタさんが来てくれるはずだね爆笑


幼稚園も嫌がらず行ってくれてるから本当に感謝❕
毎週木曜のお弁当の日は
なるべく私が作れるように付き添い交代してくれてるから、
KEIが喜ぶようにリクエストキャラ弁❗



これ、自分なりに頑張ってるから見て欲しかった。笑
んだーけーど、

いざ写真まとめてみるとミスがチラホラあるのとおかず一緒やん❣ってことでかなりトリミングした〜w。←🙈恥ず。笑

でもKEIがこんなでもテンション高く崇めてくれるから嬉しいんだわデレデレww





早く家族4人で
おつかれさん会したいです。


その後は今助けてくれてる皆に
感謝巡業したいです。





だから頑張る。


違う場所でも同じポーズ♡




次のブログ🆙は
㊗退院!って書きたいなチュー



久々長々ブログでごめんなさい。

でわ♡
長らく放置してたけど、

やっとブログする気になれました。





約一ヶ月前に検査入院だぁ〜と騒いでたGENなんだけど、





実は
神経芽腫という小児ガンでした。



転移もしていて俗に言うステージ4だけど今、負けずに頑張っています!!



この一ヶ月、人生まだ30少ししか経ってない、ほんとペーペーな私ら夫婦では
到底乗り越えられないほどの衝撃だった。


だけど

家族
友達
親戚
幼稚園の先生方
病院の関係者、
同じように子供が入院して付き添っているママやパパ。

ほんと数え切れないほどの優しさと
支えをを与えてもらってる今、
何とか前向きになれています。


源司も、
この子こんなに強い子だった?って疑うくらい
きちんと自分の事把握していて、
弱音吐かず頑張っててね、

科学治療のワンクール目がもう少しで終わりそうなんだけど吐き気が強い時も
この薬やめて!とは一切言わなかった😣


規制厳しくて病棟から出られないし、
桂吾(弟)は病棟すら入れずで面会も源司が調子いい時にドア越しにじゃないとダメでね、

家に帰りたい、桂吾と遊びたいって愚図る事もあるけど、、

実際に今日、今週末予定していた初めての外泊が延期になってしまった時は
愚図らずに受け止めてた😢💨


髪の毛が抜けてきても、
ボウズなんて絶対に嫌なタイプだったのに、
抜けてる抜けてる〜♪薬が効いてる〜!とか言って逆におどけてるし😭

自分の息子ながら本当によく頑張ってると誇りに思う。




もう一人の大切な息子も
まだ3歳なのに家族と離れ離れの寂しさと必死に戦ってくれています❗
いきなりじゃなく私の親が上手く説明して徐々に慣れさせてくれたお陰で、
桂吾もニイニ早く治ってねって言うくらいちゃんと理解してくれてて、、

あの私にベッタリんこだった桂吾😭


今は私の実家にお世話になってるんだけど、
この前電話で話したら桂吾頑張ってるよーとか自分で言ってて、
子供って本当に凄いね。

いきなりむりやりで成長させてしまってるけど、
きっと今後の桂吾にとって絶対に糧になる。
そう信じて私達親も乗り切らないと。

桂吾に会えたら思っきりムギュムギュして沢山沢山褒めちぎってやりたい❗
ずーっと抱っこして離さないでやりたい。




ほんとにこの一ヶ月は人生がギュっと濃縮したくらいいろんな事学んだな。

周りに支えてもらうしかないペーペー夫婦は

まず一番に
両親の偉大さが改めて分かった。😢
告知された日、今でもあまり思い出せないくらいなんだけど、親がすぐ駆け付けてくれて、私に掛けてくれた言葉だけはハッキリ覚えている。
やっぱり弱ってる時の親の言葉は一番ストレートに伝わるんだね。
だから今源司にもそやって接する事が出来てるよ😊
健康で居てくれて、助けてくれて、ほんとうにありがとう。




心配してくれる兄妹、
お友達や仲間も、
桂吾を代わりばんこで見てくれたり、常に連絡くれたり、千羽鶴や色紙にプレゼント、私の両親を気づかって直接連絡してくれいたり、泣く場所作ってくれたり、、
桂吾の誕生日を皆で集まってしてくれたり、、
言葉だけじゃ足りないくらいの感謝でいっぱいです。。



健康でいることの大切さ。

当たり前の尊さ。

言葉の威力だったり気持ちの向け方。

伝える事の大事さ。

信じる事、笑顔でいる事。



こんな病気になってしまったけど、

周りには本当に感謝しています。

側に居てくれてほんとうにほんとうにありがとう!!!



戦いはこれからだけど
もう充分泣きはらしたし泣かせてくれたし、前向いていくからね。

源司のこと、親として絶対にくじけさせないからね!!!

































負けてたまるか!!!!
病気なんて笑顔で吹き飛ばすぞっ!!!源司っっ!!!