おっす!おらやぢぅ!
昨夜、ファミレスで本を読んでたら友達から連絡が来た。
「もう無理や。死ぬ。仕事辞める。」
彼は本当に勇気を出して仕事を辞めた。勇ましかった。
人生が辛くなるのは、自分が人生について真剣に考えているからだ。
辛い経験をした彼はきっと人に優しい人間になるだろう。
さて、今日のテーマ
「形にこだわるな。心で生きろ。」
ちなみにこの内容は昨日読んだ本「感情を出したほうが好かれる」から思ったこと。
ちなみに著者は加藤諦三さん。ユーチューブの人生相談の動画で知った方だ。
よく学歴にこだわる人がいる。その人は学校を卒業した実績が欲しい。
「俺この学校を卒業したんだよ」という事実が欲しい。
勉強や学校生活そのものに重きをおかない。
学ぶことそのものに価値を感じる人は、学校で勉強することで満足する。
好きな勉強をした結果、卒業という称号をもらう。
重要なのは卒業することじゃない。学校生活を通じて学ぶこと。
あなたは今まで物事に対して形ばかりにこだわっていませんか?
以前ブログで書いた内容を振り返るけど、ステータスとか。
俺も正社員であればどこでもいいって思ってたし、内容なんてどうでもよかった。
バイトしてた時も「フラフラしてるヤツ」って思われたくなかったし。
でも、実際問題今まで仕事をしててバイトの方が時間通りに働けて楽しかった。
正社員での仕事は何一つやり甲斐を感じることなくソッコー辞めた。
大事なのは雇用形態じゃない。人からの評価ではない。
「内容に対して自分がどう思ってるか」だ。
俺は形式にこだわりすぎた。
相手が喜ぶだろうと思うことをやれば相手から評価されるのだと。
外見は思いやりがある人間に見えるが、心は通じていない。
心が通っていれば、相手に対して「何かしなきゃ」なんて思わなくていい。
相手に施すことで認めてもらうのではない。心が通っていれば施す必要はない。
心を通わせることは、相手にいい人を演じることではない。
心を通わせることは、人の役に立とうと思うことではない。
心が通っている友人との会話は、大した内容じゃなくても楽しい。
無理に会話の内容を考えようとしなくてもいい。
一人の時よりもなぜか気持ちが楽だと感じる。
よく、人間関係の中で「あのグループに属したい」と考える人がいる。
その人は、なぜあの人と仲良くなりたいのか?形にこだわっているのだ。
「あの人がいるグループに属すればあの人みたいに注目される」
「あの人と一緒にいると同じレベルに見られるからいやだ。」
自分が周りから良く見られたいが為に人を選ぶ人間は、人と心を通わせられない。
一見相手と関係がうまくいってるように見えても果たしてそうか?
相手の口車に乗せられたり、相手に合わせすぎたりしてないか?
自分が相手に心を通わせない限り、相手は自分に心を通わせないのだ。
それはすなわち、ハリボテな関係。
相手から嫌われるのを恐れる関係なら、その関係は本当にあなたに必要なのか?
「俺はあいつにあれだけ尽くしたのに」と絶対に思う時がくる。
恋愛に関しても、彼氏彼女という「形」の維持の為に我慢して一緒にいないか?
恋愛も友達も、相手の理想に染まろうとする時点で純粋なものではないのだ。
形にこだわるのではなく、相手という人間にもっと目を向けよう。
人間だから相手を受け入れられないことだって当然ある。
その時に相手に執着するか、きっぱり離れるかは自分次第。
ただ、自分が相手に執着することで相手も自分に執着するだろう。
それは互いに雁字搦めになり、自由を奪ってしまい、束縛という形になる。
俺の好きな言葉がある。
「来るもの拒まず去る者追わず。」
わざわざ自分に対して相手から出向いてくれるのは本当にありがたいことだ。
でも、そこでせっかく相手から来たのに恩を返さなければと思わなくていい。
もし相手が自分から離れようとした時、それは離れる時だ。
片方が執着してしまうと、相手から都合のいい存在だと利用される。
「こいつは自分にくっついてくる。利用してやろう」と。
去る者は黙って離れさせればいい。
去った相手が、自分が後悔したと思うなら自然にまた戻って来るだろう。
離れようとする相手に対して戻って来て欲しいと思った時こそ無理に引き止めるな。
戻って来て欲しいなら自分が変わろう。素直に自分の気持ちを伝えたり。
そうすれば相手は戻って来てくれるから。
・見捨てられるのを恐れるな
ちなみに俺は人から見捨てられることに恐怖心を持っていた。
だから相手に素の自分を見せなかった。
素の自分を見せることで嫌われるのではないかという被害妄想があった。
だから相手にいい人の振りをしまくった。
その結果、自分にとって都合のいい人間としか付き合わなくなった。
それは裏を返すと、相手からも都合のいい存在にされるということ。
人間は鏡なのだ。自分が心を通わせなければ相手も心を通わせるわけがない。
相手に対して見捨てられるのが怖いと思うのなら、
あなたは何のためにその相手と一緒にいるのだ?
見捨てられるのを恐れている時点で、相手はそれを既に見抜いている。
おそらく、見捨てられる自分は価値がないと錯覚するのだろう。
でも、相手がどう感じるかは相手次第だ。
見捨てられるという言葉自体がよろしくない。
だったら、見捨てられるという概念を自分から消し去ればいい。
見捨てられないように自分を守るのではなく、関わりたいと思う人に目を向ける。
見捨てられないことで良好な関係を築いてるように見えても、自分は騙せない。
あなたは、あなたのことを簡単に見捨てるような人と一緒にいるべきではないはず。
もっと自分にプラスになる人に目を向けてみよう。