おっす!おらやぢぅ!
昨日はユニットの相方ブリンクと「DMMアダルトアワード2018」に行ってきたぜよ!
上野で二人で飲んでる時に急遽ノリで行くことになったんだよね。
初めての有明、高層ビルばかりで何も無いけど新鮮で楽しかった!
何せ、相方と一緒にいれば何も無い土地でも不思議と楽しくなる。
不覚にもAV女優を見て感動をした。
「大事なのは票の数じゃない。私を見てくれる人が一人でもいればそれは100点満点なんだ」
アダルト業界で生きる彼女達は自分の人生に本気だと言うんついが伝わったんだ。
やっぱり人生に覚悟を持って生きている人たちは皆素晴らしい。
さて、本日のテーマ
「自分が無い子」
あなたは「自分が無い」と思ったことはありますか?
自分らしさが無い、他の人の真似事ばかりをする。みんなはどんなこと考える?
俺が言いたいのはそういうことじゃないんだよね。
自分が無いというのは、自分に素直じゃないということ。
無理に個性的になろうだなんてしなくていい。
人と違うことをしようとしなくていい。
少し前までの俺はこんな人間だった。
「人と同じのが嫌だ。常に人とは違うことをしたい。少数派でいたい。個性的でいたい。」
人と違うことこそがカッコイイと思い込んでいた。人と違うことばかりに目を向けて優越感に浸る。
それが生きづらくさせてる原因だということが分かった。
「俺は人と違わなければいけない」という義務感が生まれてしまったのだ。
自分が自分らしくないということに気が付いたのだ。
洋服も少数派がいい、音楽も少数派がいい、
マイナー路線を突っ走ると言う厨二病さ。
多数派とか少数派とか意識している時点で俺は俺じゃないんだ。
俺は少数派でなければいいけない自分を取り繕っていた。自分に嘘をつき続けて、自分自身で生きづらくさせていたんだ。
最近は好みが変わり、着ている洋服も割とカジュアルな物が多くなった。
それによって、「人と違う自分でいなければならない」という呪縛から少し解き放たれた気がする。
あえて周りと違うことをしようとしない。この考え方を持つだけで本来の自分にグっと近づく。
・自分を少数派だと思うな
少数派がかっこいいと思って、あえて奇抜な格好をしたりする。
少数派がかっこいいと思って、あえてメジャーアーティストに目を向けずにマイナー路線ばかりを聞く。
無理して自分を少数派に仕立てようとするな。
そもそもみんな違った人間で違う考え方持ってる。だからみんな違って当たり前。
でも、日本の同調圧力で同じ考え方を強制させられているから多数派と少数派で分かれているように見えるだけ。
ひょっとしたら、多数派に属していると思ってる人も実は自分の意見はあるのだ。
口に出している言葉は多数派と言われるものであったとしても、それは表で見えてる姿なだけ。
みんな違うんだから多数派も少数派もないと考える。
多数派も少数派もないと考えれば、自分は少数派でいなきゃならないという義務感も生まれない。
自分が奇抜な格好をしたとする。
地元や田舎だとそんな人滅多にいないと思うでしょ?だから少数派だと思うでしょ?
違うんだな。それは狭い世界でしか見てないから少数派に見えるだけなんだなー。
広い視野で見れば奇抜な人なんていくらでもいるんだよ。原宿いけばそれが当たり前だったりするんだよ。
「少数派」というのは狭い世界でしか見ていないから少数派に見えるだけ。
世の中にはいっぱいいろんな人がいるんだよ。
小さい世界で知った気になるなんてもったいないことなんだよ。
広い世界を見てきた人は多数派も少数派も意識しないんだよ。いろんな人を見てきてるから。
・見せかけを変えても本質は変わらないけど、見せかけから変えることで変わるものもある
どれだけ高級な洋服で身を包んだとしても人の内面は変わらない。
外ヅラをかっこつけても、素の自分で生きてない時点でハリボテだ。
ましてや、外面に磨きをかけすぎて本来の自分と見た目のギャップがどんどん開き辛くなる。
そして、外面を取り繕わないとナメられるんじゃないかという恐怖心からやめられなくなる。
内面の弱さを見た目でカバーしようとするとますます自分じゃなくなるんだ。
でもね、見せかけを変えることで自分らしくなることも可能だと思う。
女の子なんかはメイクを変えたりすることで自分に自信がつくこともあるんだと思う。
なんというか自分を取り繕うという感覚ではなく、新しい自分を作ってみるという意味合いで。
俺は相方のブリンクとユニットを組んでいる。
まだ具体的な活動はしていないけど、まずはオリジナルのTシャツを作ってみようと考える。
そうすることでリアリティが増すような気がする。まず新しい試みを試してみること。
形から入ってみることは全然アリだと思う。
一つ間違えてはいけないのは、「形だけにこだわろうとすること」
形を変えてみることで内面にも変化が現れ、その内面が結果として外見に出てくるような気がする。
「形から入ってみる」ことと「形にこだわること」は明らかに違う。
最近は俺はカフェで読書をしている。カフェで読書をしてる人はなんとなくかっこよく見える。
だから俺は、カフェで読書をするという「形から入る」行為を試してみた。
そうするとどうだろうか、かっこつけも少しあって形から入ったはずなのに読書の楽しさを知った。
むしろ電車の中でも読書するようになった。
これは形から入ろうとしなければ分からなかった楽しさだ。
・おわりに
無理して他人と違うことをしようとするな。そもそもみんな違って当たり前。
多数派少数派は意識するな。自分自身に目を向けろ。
形から入ってみるのはいいが、形だけにこだわるのは良くない。
内面が自分らしくなると、おのずと見た目も自然に伴ってくる。