おっす!おらやぢぅ!

 

今日も朝から公園までサイクリングかましてきた。

いつもながらベンチでゆっくりしていたら、ジョギングしてた女の子が隣のベンチに座ってきた。

それだけで心臓がバクバクなくらいピュアで臆病なやぢぅくんです。

 

さて、今日のテーマ

日々がおもしろくないなら、まずおもしろくないことに気がつこう

 

みんな「なんか楽しいことないかなー」とか。「毎日がつまらないなー」とか思ったこと一度はあるよね?

それはなんでかというとつまり自分自身が「おもしろくない」と思ってるからなんだよ。

まずは、日々がおもしろくないということに気がつかなければならない。

 

お腹が空いたらどうする?ご飯食べるよね?

眠くなったらどうする?寝るよね?

それと一緒。おもしろくないならおもしろくすればいいんだ。

 

大丈夫。つまらないと思えるならば絶対におもしろいって思えるってことだよ。

どうやっておもしろくさせていくか、「自分の頭で考える」からおもしろくなるんだ。

今までの経験で痛感したことそれは、

 

おもしろいことは向こうからこちらに寄ってくることはない

 

他力本願的な考えではおもしろいと感じるのはかなり難しい。

 

「え、友達からイベント誘われて行ったら楽しかったよ?これっておもしろいことがこちらに寄って来てるんじゃない?」

仮にこう思ってる人がいたとしよう。

 

おもしろいかおもしろくないか判断するのは自分だ。

誘われても断ることはできたはずだが、どちらか分からない状況に進んで足を踏み入れたのは自分だ。

よって、相手から誘ってくれたとはいえ行動するのは自分自身なのだ。

おもしろいことをずっと待っている人はおもしろいことに出くわすことはまずない。

そんなこと考えるより目の前のことに対して楽しもうとするのが大事。

 

「おもしろいこと」に決まった形は無い。

自分の中で「これがおもしろいことだ」と決めつけては勿体無い。

そうではなく、おもしろいと思う癖をつけてしまえばいいんだ。

俺自身、初めての経験はどれも不安なものだ。

でも、自分が知らない経験をしておもしろいと思えたことはいっぱいあった。

自分の中でおもしろいことの定義を確率させる必要などない。

自分の知らないこともおもしろいことはいっぱいあるんだ。

 

目の前のことをおもしろいと感じるもつまんないと感じるも自分次第。

小さなことから少しずつでいいんだ。

ユーチューブ見てて面白かったらもうそれは立派な「おもしろいこと」なんだ。

どんなネガティブな人だっておもしろいと感じることってできるんだよ。

ますはそのおもしろいと思ってる時間を大事にしよう。

その時間が人の為にならなくったっていい。自分の為になってるんだから。

 

「自分だっておもしろいって感じることができるんだ!」

と思って欲しい。

 

・大人なんかになるな!

 

「子供の時は周りなんか気にせず目一杯楽しめてたなー」

 

大人になるとついつい昔の時の自分と今の自分を比べちゃうよね。

学校というコミュニティは人との関わりが嫌でもある場所。

同じクラスの人は全員自分と対等な立場(同じ学年)が故に、気を使わずに楽しめた部分もあると思う。

社会人になってからは、先輩やら後輩やらとの付き合いが多くなってくる。いつの間にか上下関係を気にしすぎてしまう。

学生時代の様に何も考えずに楽しめていた頃とは状況が全然違う。

 

大人という言葉に縛られておもしろいことに目一杯楽しむことを忘れてしまっては勿体なさすぎる。

もっとハメをはずさなければならない。日本人は固すぎる。

ハメを外すことがダメなことだと思っている人は、いつまでたってもハメを外せない。

というか、ハメの外し方が分からない。

ハメは外してなんぼだ。ハメを外せるやつこそが楽しみ方を知っている。

常にキッチリしてる暇はない。大事なことだから何度も言います。

 

「ハメを外してなんぼだぞ!人間おもしろいと思わなくなったらただのロボットだぞ!もっとハメはずせぇ〜〜!」

 

俺はもう凝り固まった日本の常識に染まりたくない。

もっとおもしろい人間になりたい。

そのためには自分からいろんなことに対しておもしろいと思えるマインドを育てる。

1日1回以上は笑えることを絶対にしなさい。