おっす!おらやぢぅ!
今日も今日とて朝っぱらから公園。
どうも、公園を活動拠点にしているやぢぅ後輩です!
さて、今日のテーマ
「大きな幸せを求めず、身近な小さい幸せを見つけよう」
俺は今まで、学校を卒業したら就職活動が当たり前、無職は底辺だという考えがいつのまにか刷り込まれてきました。
レールに乗っかるということは周りに合わせるのが大変だという反面、
周りに合わせてればなんとかなるといった捉え方もできる。
どちらが良いとか悪いとかではない。
でも、協調性というものを第一とした日本であればレールから外れたらオワコンだと思われる。
俺は学校を卒業後、やりたい事もなく「正社員にならなきゃ」という思いがとても強かった。
好きでもない会社を受けては落ち、「正社員」という肩書きのためだけに時間を割いた。
正社員になりたいと思う反面、面接に落ちた時に内心ホッとした自分もいた。
実際、会社に長時間拘束される働き方は嫌だと思っていた。
だがしかし俺の友達は正社員として働き、車を買い、結婚もしている。
当時の俺は、「いずれ自分もこうなるのだろう」と思っていた。
世間一般では結婚や就職することが「幸せ」というものだと思っていた。
言ってしまえばそれはただの幻想だ。
レールに乗っかって幸せだと感じる人もいるかもしれない。
むしろ、レールに乗っかってみようという考えも嫌いではない。
でも俺は、レールに乗っかろうとして外れたからこそ今の自分と向き合えている。
もしレールに乗っかろうとしてなかったらどうなってたんだろう。
ついつい周りに合わせすぎて自分を見失いそうになる。
そんな時にまず、「自分はどうしたいのか?」と自分と対話しよう。
俺はようやく「自分」というスタート地点にたった。
自分の人生がうまくいかないと嘆き、人のせいにすることに終止符を打つ。
そもそも、27歳という年齢で自分と見つめあえる時間があることこそ人生うまくいっているのだ。
「周りは頑張ってるのにお前は楽してていいな」
そう言われてもいい。勝手に言わせとけばいい。
そんな人間だって、今まででどこかで楽することだってあるだろう。
そんな人間は、自分の頑張りを認めて欲しいと思ってる愚か者だ。
あなたはあなた、俺は俺、
あなたの人生は俺の人生じゃない。
以前、セミナーに参加した時にこんなことを聞いた。
「生活水準を上げるのは簡単だが、下げるのは容易なことではない」
今現在は技術も進歩し、様々な物が便利になった。
俺は今までの経験でこんなことを思った。
「便利になればなるほど、人間はさらに便利な物を求める」
もっと欲しい。もっと上を目指したい。
こう考えるのは自然なことなんだと思う。
でも、それ故にどんどん欲深くなり「今」に目を向けなくなる。わがままになる。
常にそこにあるのが当然になり、感覚が麻痺する。
家電が家にあるのが当たり前な環境で暮らした人間が無人島にほっぽり出されたらどうなる?
わがまま言っても誰も聞いてくれない。泣き喚いても誰も心配しない。
言い訳しても虚しくなるだけ、
頼りになるのは自分だけなのだ。
愚痴を吐けること、言い訳できる余裕がある事をありがたく感じなさい。
被害者ヅラできることをありがたく感じなさい。
俺は一人暮らしをして初めて親のありがたみというものを知った。
ずっと実家にいたら絶対に気づけてなかった。
母さんが毎日ご飯を作ってくれること、
父さんが休日に家族旅行に連れて行ってくれたこと。
環境が変わって初めて気付くことがいっぱいだ。
だからこそ、実家に帰って母さんの手料理を食べるだけで幸せだと感じられた。
俺は大きな幸せを求めるのをやめた。
身近な小さい感動、楽しさに目を向ける癖をつけるようにしてた。
今こうして自分が生きていること、素敵な人と出会えたこと。
何よりも、こうして自分と向き合えること。
目先の幸せは本当に幸せなのか?
みんなも自分の身近な幸せに気づいてほしい。
当たり前の事を幸せだと感じられたら無敵だ!
ちなみに今の俺の人生の明確な目標は無い。
強いて言うならば
「自分で自分の責任をとれる人生を送りたい。」
社会に対しては不満だらけだけど、願ってもしょうがない。
だったら、いつも通りの日々を大事に生きよう。
未来なんて誰も分からないのだから。