こどおじの金銭感覚はとても幼い
自分も最近知ったのだが、ただ普通に生きていくということはとんでもなくキツイ
日々の大半を仕事に費やしてようやく得た金を
労働を差し引いた残り少ない時間のために使う
食うため、寝るため、生きるため
そのために稼ぎのほとんどを持っていかれる
必要だからしょうがない
酷い話である










対してこどおじは生きるために必要なものに何も支払わない
不動産屋に対する家賃も、快適に生きるのに必要な家事や光熱費も、飯を作る手間も時間も
何一つとして支払わない
支払わないまま三食おやつと寝床を享受し
あまつさえ手にする金と時間を自由に使う
言葉通り何をするも自由だ
自分で書いててどうかと思う
赤の他人からしたら許しがたい甘さであろう
怒り買いついでもう一丁
一月に貰える給料以上の額を娯楽費に注ぎ込むようなことを2回ほど経験している
かなり楽しかった
後悔もしてない
2〜3ヶ月分の生活費と思えば大したことは無いと言い訳している
人生観で言えば楽しくてしょうがない瞬間が金で買えるのなら一度や二度くらい経験しても良いのではと思っている
話が脱線したので戻そう

さて、ここで問題になるのはこどおじの金銭感覚である
説明した通りこどおじの金銭感覚は非常に幼い
給料=小遣い生活に加えて
親の作り上げた生活レベルに長期的に漬かり続けることに対し危機感を覚えねばならない
今の生活レベルはひとえに親が負担して出来ているものなのだ
遅かれ早かれいつかは自分自身が負担しなければならない日がくる
負担を負うか、生活レベルを落とすか
どちらかを選ぶ必要がある
人は一度上げた生活レベルを下げるのに抵抗がある
金遣い、飯のレベル、湯水の使い方、電気の使い方、消耗品の使い方
節約や我慢を強要されることほど煩わしいものは無いだろう
では負担を負うことを受け入れるしか他ないのだろうか
イヤイヤ期発動
負担はイヤイヤ!








ということで自分の考えうるベストは節約=娯楽として生きること
「生活レベルを楽しんで落とす」ということである
誰かに強要されたものより自ら突っ込んでいくものの方が抵抗が少ないアレである
給料=小遣い生活は
給料=投資生活にそっくり変えることで対処可能である
FIREという生き方を知ると簡単に路線変更が可能だ

どちらにせよ節約はしなければならない
自ら行くことが不幸から逃れるコツである
愚者の愚者たるところは誰に言われたわけでもないのに金に限りがあるために節約させられている=不幸と言う思考回路をしているところである
節約は娯楽である
金をいくら節約出来るかというのは結果的に金をいくら稼いだかというゲームになる
結果としてその金は手元に残るので、これ以上なくやりがいのある娯楽となる
FIREにもかなり近づく
この面白みに気付いたら
生活レベルの落ち具合に我ながらドン引きする








一度極限まで消費を落としてみると分かることがある
人が健康的に生きるためにケチってよいものケチってはいけないもの
風呂やエアコンは意外と無くてもなんとかなる、夏場寝にくい時は冷凍ペットボトルにタオルを巻いて枕にすれば良い
ペットボトルに付く結露でタオルが濡れれば汗も拭ける
飯だけはケチってはいけない
飯は健康に直結する
一時期三食もやし生活でも飽き足らず
もやしをはさみながら定期的に断食していた
水と塩だけを口にする生活を1~3日程度
断食の空腹にも慣れた頃には例え社会から隔絶されても生きていけると思っていたが
栄養失調による不調が起こった
断食による慢性的なエネルギー不足
何をするにも気怠く、集中もしているのかしてないのかよくわからない
フラフラとしながら現実感が無いなかで仕事をするのはなかなか辛い
どこか人間は炭水化物で動くのだとしみじみ実感していた
そして人間は飯で出来ているのだと気付く
まず末端からくる
指先や足先にささくれが多くできはじめ、次第に指の腹にあかぎれがはいる
足裏は垢なのか皮なのか分からない剥けかけの皮膚が夥しく残る
ビタミン群が不足したのか口内炎ができ始める
もうしばらくしたらどうなるのか気になったが痛くて辛かったのでそこで断念
カッチャマに栄養ある食事を所望
即効治った

後から調べて必要だと思ったのはたんぱく質、ビタミン群、アミノ酸とか
これが入ったものをちゃんと食べる必要がある
食事に関してはかなり価値観が変わった
これ以降、栄養が無い食べ物に金かけるのが馬鹿らしくなって来たほどだ
外食が恐ろしいほど減った栄養が無い割に高いことに気付かされた
結果的に価値観が代わり必要なものに必要な分だけ金を掛けるようなライフスタイルに変わった
カッチャマの弁当に感謝
ビタミン郡に関しては食材があまりに多種多様ですべらかく高価であるため諦めてサプリに頼っている
一時期サプリをバカにしていた時期もあるのにわからないものである

と、このような生活をした約1か月で4万円の節約を実現
加えて4万円以上の価値を知った気がする
意外と苦労の割りにあまり効果の無い節約も分かった
水道代は基本料金というのがあるため使う量が少なくなってもあまり節約にはならない
電気と決別する生活は結構キツイ、安くはなるが割に合わないと思う
風呂に入らないのは節約効果かなり高いがこれは個人の衛星観念にゆだねる

とまぁやってみていろいろとわかってきたこともあれば
意外とやろうと思えば出来るなと自信にも繋がることもある
超原始的な生活は一時的には出来るが継続するのはキチィなぁとか
不要なものを見つけるはずが逆に不足していたものを見つけることもある
何事も極端を知れば自分に合った適度というものが見えてくるような気がする
正直ドケチになりかけているので世俗の人の価値観とのギャップが生じるのが悩みにもなる

と、このように節約一つとってもなかなか面白い
こどおじはどうしても危うい金銭感覚になりがちであるからこのような荒療治も悪くないかも知れない
かつての自分ならこんなことはしなかっただろう
現状が幸福だと認識して初めて痛みや苦痛に自ら突っ込める
どうせ痛くて苦しいなら自分が興味あるものに行こう