こんにちはパクロス編集長の平野です。


恋愛はひとつの、
事件です。
それは突然にやって来るものです。
突然にやって来るので、
どうしたら良いか分からないものです。
それを予測するいかなる方程式も、
解決策として通用する一般解も、
ありません。
敢えて言うなら、


我が胸の中にだけあります


自分らしい恋愛、
しましょ。
それが分かっていながら、
恋の手ほどきの書物やウェブサイトが世に溢れ返るのは、
ただ単に…
人間には、何につけて、


答えを外部に求める傾向がある


ってだけのこと。
と、

言えるかも知れません。
ワケの分からんことに関して、
外部から答えをもらって、
安心したいんですね。
ならば、
「相対性理論」の手ほどきとか、
「古代生物学」の手ほどきとか、
そういうワケの分からん分野に関しても、
同じように溢れ返って良いはずですが。
いや実際に溢れ返っていますが、
それらに目を留める人は、
少数派です。
それらは差し当たって役に立たないからです。
じゃあ逆に、
恋愛の知識を得ると何の役に立つのか?


んなこと考えるようじゃ恋愛はできないよ


とまぁ、
こういう辺りに、
話は落ち着くのでした。


さて今日の句。


雑誌編集長の業界ウラ話オモテ話Ⅱ


ああ、
夏が過ぎる。


って題材はあまりに季節外れですが


「たまたま、季節が」という、
いかんともし難い要素のために、
作品の味わいが変わることだってある…
ということですね。
受け手がいつどんな状況で作品に触れるかは、
作者には分からんわけですから、
これは仕方ありません。
その辺り、
「想像力で補う」こともまた、
作品鑑賞の一部だとも言えます。


さて今日の歌。
季節外れにも夏の話をしていますが、
もひとつ、
夏の歌を行きましょう。


夏の夜は 未だ宵ながら 明けぬるを
  雲の何処に 月宿るらん


なつのよは まだよいながら あけぬるを
  くものいずこに つきやどるらん


@@@清原深養父(きよはらのふかやぶ)


【大意】
夏の夜って短いなぁ、まだ宵の内と思ったらもう夜明け。こんな早いんじゃ、月は、途中の雲のどっかに仮の宿でも取ってんじゃね? 西に沈むヒマも無くて。


深養父とは独特の名前ですな。
12/7の記事に出た、
清原元輔のじいちゃんです。


ナルホドじいちゃんっぽい名前だ深養父


と思ってしまいますが、
深養父は若い頃から深養父で、
元輔にとってじいちゃんなだけですからね。
ついでに言うと…
元輔は、
清少納言のおやじです。
つまり深養父は清少納言にとっては、ひいじいちゃん。


ナルホドじいちゃんっぽい


関係が覚えやすくて良いですな。
脳内イメージは既に、
じいちゃんで固まってしまったことでしょう。
わはははは。
でもそれでは、

深養父さんの人格尊重上問題ありなので、
訳文を現代風若者口調にして、
バランスを取ってみました。
何歳くらいの頃に詠んだ歌かは分かりません。
こういう、


オレ式着眼点アピール系のネタ


は、
若者らしい発想だ、
と個人的には感じられます。
「お~いお茶・俳句大賞」なんか見てみても、
発想勝負の句は子供、
技巧勝負の句はお年寄り、
ですね大体において。
まぁ、
年齢だけでそんな乱暴なレッテルを貼るのは、
良くないことですが…。


そうそう、
「お~いお茶」と言えば、
いつだったか、
フェミニズム運動家の攻撃対象になってませんでしたっけ?
女性差別(家の主人の圧制)を連想させる商品名だ、
と言うので。
いろんな意味で、


時代


ですねぇ。
確かに昨今の風潮なら、
この名称案が出たとしても検討段階で却下でしょう。
しかし。
子供の頃の平野は、
たいへんシンプルに、


お茶さぁーーん


と呼びかけているのだ、
という認識だったのを覚えています。
お茶飲みたぁーーい、という。
同じように思ってた方、
たぶん いらっしゃいますでしょう?
その解釈なら、
お~いは何にでも付きます。
「お~い麦茶」とか「お~い烏龍茶」とか、
発売されたことは無かったのかしらん、
寡聞にして存じませんが。
お茶に限らずとも、


お~い無調整牛乳


とか、
はたまた、


お~いその他の雑酒②


とか、どうでしょう。
ちなみに平野の今の気分は、


お~い濃縮果汁還元



雑誌編集長の業界ウラ話オモテ話Ⅱ
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