一生一代の父の歌

 

その時父が突然壇上に上がってひと節歌ったのです。

 

皆さん意外な出来事に一瞬唖然とした様子でした。

 

が、その調子はずれの歌にやんやの拍手を送ってくださいました。

 

大会が無事終了してどんなにか安心してうれしかったのか・・・。

 

 

私が父の歌を聞いたのはこのときだけ、ただ一度だけでした。

 

父は器用な人だったのかウナギ料理やイカの塩辛、鮭の飯鮨などなどよく自分でおいしく作ったものだそうです。

 

若い時だったでしょうが母からよく話を聞きました。

 

私も

 

「さんじゅうばん(小笠原八十美のこと)」

 

、の台所を預かっているときに一度ニシンの糠漬けの漬け方を教えられたことがあります。

 

「塩とぬかを樽に入れたら色が変わるまでよくかき混ぜてからニシンを漬け込むんだ」

 

と言われたことを聞いたことがあります。

 

そばが大好物で、特に大根そばが好きでした。

 

浅虫温泉では客を呼び大根そばのばあさんまでを連れて行って打たせ、ごちそうしたりとか、とにかく強制するような悪い癖がありました。

 

いつだったか、朝鮮人で良く出入りしていた人が来合わせ、蕎麦(そば)かけを勧めていました。

 

朝鮮の人に蕎麦かけなど合うはずもなく父がいなくなってからそのひとは

 

「先生があまり勧めるものだから食べなくては悪いと思っておかわりまでした・・・・」

 

と、汗を拭き吹き、していたことがありました。

 

つづく