今日の言葉
木に生る果実に目を奪われ
その種を忘れてはいけない タカオ選
土俵人生 一片の悔いなし
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第一回に書いたような気持ちで父のことなら・・という気になりました。
それで真2-3回に分けて、とごく軽く考えていましたものですがそれが、段々エスカレートしていって一年間の連載でとおっしゃいました。
勢い自分のことも書かなくてはいけないと思いあまり恥ずかしいのでここで一筆弁解させていただきます。
幸い米内山先生が迷わずに小笠原八十美の娘と励ましてくださりました。
また思いもかけず杉本社長さんからもあの格調高いお筆で激励のお便りをいただきました。
このお話を伺っているうちにいわば反対の立場であるにもかかわらずこの方は八十美の一番乗り会社ではないかと思われてきたのでした。
といいましたらそうかもしれないというんですね。
議事録の一例を引いて父が予算を取ってきたときの話を事細かに人のおだてに乗せていただくことになってしまいそうです。
出来る限り旧三本木町で青春時代と働き盛りを過ごされた方々とを、懐かしむ思いを心がけております。
さて〇〇先生とは夜の更けるまで思い出は尽きませんでした。
酒もたばこもやめたと聞いておりましたが、両方だいぶ過ごされてました。
余計なことですが少し心配したくらいです。
いろいろお話をうかがっていううちに反対の立場であったはずなのに八十美もの、一番乗り会社ではなかろうかと思われ、口に出してみたら、そうかもしれないとうなずいておられました。
議事録の一れいを引いて、父が予算を取ってきたときのことを事細かにしてくださり、ああいう絶妙な八十美さんでなければできないんだ、相手の局長の頭が見えるようだとひとり悦にはいっておられました。
わたしにはあまりはっきり理解できていないかもしれませんが、その時、父は得意の馬の話を持ち出したようです。
何でも馬蹄というものは同じに削ってはいけないもので長さは別々にしてこそ馬はちゃんと走ることができる。
それでこそ馬という一個体の調和が取れて機能が果たすことができるのです。
というような演説をして予算を引き出したようなのです。
社貌等の代議士であった○○先生は、反対党であっても郷土に根を下ろした大衆政治家、小笠原八十美に共鳴され議事録をまとめるという労苦まであえてなさったのは先生の鋭い政治感覚を捉えてくださったものです。
わたしらにはおよびもつかない深いものであると私なりに理解したのでした生前に父が「一番案ずるのは家族であり、次は親戚、その次は郷土の人々」
と、誰憚らず(はばからず)言ってのけてハラハラさせられたこと。
「なるほど、やはり私の八十三観は間違っていなかった」
といっておられました。
また、五日の新聞に、多病で伏していた時に八十美が迎えに来たと先生ご自身が書いておられたので
「あれは本当ですか」
とお尋ねしてみたところ、高いところから早く登って来いよと呼んで、だれだれ君もいる、といわれて気が付いてみたら、その誰々を思い出した。
君たちもぞろぞろと頭を並べていた。
ところが死んだ人より生きているひとたちのほうを思い出し、
「とてもその気にはなれなかった」
とのことであの時八十美の言う通り昇って行ってたらもうこの世にはいなかっただろうと笑っておられました。
つづく
