今日の 格言
自分が幸せになるなら大した金は要らない
しかし、周りを幸せにするなら沢山の金がいる。
だから、稼がないといけない タカオ選
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三本木の私のところへは毎月300円の送金があり当時としては少なくない額でした。
そうこうするうちに戦争もだんだんエスカレートして三本木からもたくさんの若い人たちが招集されていきました。
私の周りでは初めに農学校で教練の教師をしていた妹の夫が極秘招集されました。
が、その時は東京にいた父も急いで帰宅して内輪だけの送別のささやかな宴を張りこっそりと出発してゆきました。
後に一度帰ってきて子供たちと会い一晩泊まっただけで直ちに戦地に向かったようでしたがそれが最後になりました。
次に弟の大一をはじめ父の手助けをしてくれていた若い人たちも次々と招集され強気な父も身辺が寂しくなったらしく私に実(三ツ星)が返ってこられないかなあ。
手紙を出してみたらと申しました。
それやこれやで主人は9か月足らずで三本木に帰ってきて十鉄に勤務するようになったのでした。
大一たちの出兵は妹の時と違って鳴り物入りでたくさんの人たちに見送られて出立だったのでした。
勝った勝った、一般にこの戦争に日本が負けるなどとは夢にも思わなかったころ父が
「そんなに楽観はできんよ」
と低い声でつぶやいたことを2回くらい聞きました。
わたしはまさかとあまり心に留めずに聞き流してしまいましたが次第にまさかとといっていられない情勢になりました。
アメリカ兵が日本に上陸するようなことにでもなったら生きてはいられないでしょう。
けれども子供たちはどうしたらいいかしら。
どうしても手をかけることもできないし
[あなたのところに青酸カリがあったら分けて頂戴」
と頼んだことがあります。
奥さんは
「あるからその時になったら上げるわ」
と約束してくださったのですが巷のうわさはひどいものでもし米兵が来たら女子供はひどい目に合うと本当に信じていたのでした。
終戦の放送が先だったか妹の夫の戦士が先だったかちょっと混乱してしまいましたがとにかく三十番から泉谷まで一家中が軽い虚脱状態で、やたらに日の光ばかり明るくふらふらと歩きながら妹になんと伝えたらよいか役場の係りの心遣いで妹の直接ではなくわたしへ一報入れてくださったのか夫の戦士と敗戦という二重の悲しみをなんと伝えたらいいのでしょうか。
ご主人や子供さんを戦死させた方々はこの敗戦でどんなにか・・・・察するに余りあります。
思い上がりながら意を決して妹の家に行きましたら妹はすっかり落ち込んで泣いていました。
どうして知ったのか後で聞きましたら私がぐずぐずしているうちに役場の方々がお悔やみに来てくださったそうです。
妹は
「戦争に負けたなんて、父がなんのために死んだのかあなたにこの気持ちがわかりますか。」
と叫び私は一言も返す言葉がありませんでした。
ただそばに座っているしかすべがありませんでした。
つづく
