今日の言葉
病気は 長~~い 友達
怒らせず 宥め(なだめ)ながら
付き合うべし タカオ
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・苫米地 義三の生涯
ようこそ、苫米地儀三の世界へ。
このブログは当地出身の一政治家の生涯を自分の私見も交えて難しい原本をなるべく分かり易いようにと記述したものです。
では、気長にお読みください。
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義三の息子
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明治三十六年七月八日
過去、三年の間に、先生に受けた恩恵は深謝の言葉に表されない程大きなものでした。
私は先生たちのお陰で母校を去っていきます。
これで新たに実業界に入ることになりました。
・・でここに、新卒の感慨と抱負を述べ将来も先生たちの指導をお願いしたいと思っているのです。
聞く処によると、わが校の卒業式には雨が降るのは稀であるというのですが、今朝出ようとしたらなんと昨日の大雨が止みそうもないではありませんか。
ある人が言うには、誠に残念な雨だと言う。
しかし私はむしろこれを逆に考えて「吉兆をなすものだ」と考えたいのです。
龍というものは何時までも、池の中にいるものではなくて、それがひとたび雲上に昇り始めたら、天は必ず、雨を降らすのだというのです。
青草万木が膨張しようとする時これもまず雨を降らすのです。
私が今、母校を卒業して実業界に出ようとする時、このような時に天は等しく慈雨を降らしてくれたのでした。
さて皆さん、
「人の一生は重荷を背負いて、遠き道を行くが如し」
というのは、徳川家康の名言である。
私が思うに人生行路というのは旅の支度を整えて山岳に登る様なものなのです。
しかしその登山道は決して一つなのでは無く南や北と行く道もさまざまな方向があるわけで向かうのはそれを決めて進む方向を自分で決める時が大切だと思うのです。
仕事も、農あるいは商工も文の世界も有ります。
或いは、
・武
・哲
・政
・法
などその数は沢山あるわけでこの中から私は、工業という分野を選んだのです。
しかしながらこの登山というのは中々容易なことではありません。
はたしてこれから何十年掛かってもこれを突破できるかどうか分からないくらいです。
しかし私としてはこれに屈せずに障害を突破するつもりなのです。
やがて何千メートルの高峰にむかって登っていくつもりなのです。
私も何時の間にか二十数歳になりました。
でもこれはまだまだ準備段階に過ぎないのです。
せいぜい一メートル程の高さに過ぎないのす。
我々は中学校時代で言えば、旅行の準備をしているに過ぎません。
それから工高に入り登山の方法や注意などを教えられるのです。
ですから我々の進退はこの三年間に得ることができた指導をいかに守るかどうかという事になるわけです。
しかしながら私は不肖にしてこの旅行中の教訓を受けていた時には、怠けたり居眠りしたりうるさく感じた事もあったのです。
このように怠惰に怠惰を重ねた結果今の時になって進路の前に暗雲が漂って来たのでした。
こうして道を失う事になるかもしれません。
こんな時には何とか私に光明を与えて呉れますように先生方の指導をお願い致したいと思うのです。
フランスの天文学者で哲学者で,ある先生は近頃ある説を出したのですが、そのいうことには・・
「およそ宇宙上存在する天体は皆、地球を中心とするものでよって地球の存在は人間を中心とする」
・・のですからそれ故に全ての物体はみな人間の為に存在すると言うべきであります。
もし人間が滅びる事があれば言うまでもなく宇宙は無意味なものになるのです。
私としてはこの説が果たして真理かどうかは知りません。
しかし私としては実際に行きもしないで前途の行路を妄想しただけでその光栄を予知することができるだろうかと思うのであります。
つづく