3年生の春☆私にはとっても嬉しい発表がありました♪

それは奨学生に選ばれたことですクラッカー

奨学生は毎年クラスから成績優秀者2人が選ばれ、選ばれた人には前期授業料免除の特典がついているとっても名誉あるものなのですが、2年生の時の成績が上位2名に入っていたため、私の名前が貼り出されていました!それを見た時の嬉しいことといったらあひるおそらく大学生活で一番のハッピーな出来事でした。
授業料が高くて、県から奨学金を借り、妹からも借金をして暮らしていた私にとってボーナスが入ったようなものでした♪今まで応援してくれた家族にも感謝です☆ありがとうにひひこれで助産師になるためのゴールに一歩近づけたのでした。
久しぶりに学生に戻ったことに嬉しさ半分音譜でも現役のクラスメイトは私よりも5歳年下だし…「仲良くなれるかなぁあせる」と不安半分…そんな中始まった大学生活学校

最初はジェネレーションギャップを感じることもしばしば(笑)
だけど、同じ目標を目指しているからかな?最後にはとっても仲良くなれてホントに楽しい4年間でした♪仲良くしてくれたクラスメイトのみんな☆ありがとうキラキラ

同じく社会人で入学した二人がいてくれたのも私には大きかったな☆これからも仲良くしてね♪
受験しようと学校を調べていくと色々なことが分かってきました。インターネットを駆使してたくさんの人のブログを見てみると、これから受験するなら看護学校よりも看護大学の方がいい!との意見が多く、どちらかというと大学に気持ちが傾いていた時、もうひとつの問題が…

それは、年齢制限です。この年齢制限は受験する上でのものなんだけど、私が受験しようとしていた大学の社会人枠の条件は、『23歳以上で3年以上の社会人経験があること』でした。3年の社会人経験はクリアしてるアップと喜んだのもつかの間、当時の私は22歳ガーン惜しい…

「このまま地元に残って、1年間お金貯めるのもいいけど…どうせなら1年間ちょっと遊びたいな―」ということで、会社を辞めて1年間仙台に住んでみることにしました♪←(ホントは留学したかったけど、勇気がなかった…今思えば、思い切って留学してたら今頃英語が役たってたはず音譜と悔やんでいますが汗)でもなんだかんだ言って仙台での1年間は、失業保険をもらって学校に通い、なぜかパソコンの資格を取って派遣の仕事をし、ゆるーい生活を満喫してました。ちゃっかり(笑)もちろん受験勉強もちょっとずつ始めながらね本

そして23歳になっていよいよ受験シーズンに到来した頃。
「仙台の生活も楽しいし、仙台の学校に入るのも悪くないかも♪」と思い、結局私は地元の大学と仙台の専門学校の2つを受験することにしました。

仙台の学校は一般での受験、そして秋田の大学は社会人枠での受験。



結果はというと…


①仙台の専門学校→不合格ううっ...
②地元の大学→合格ぼー


ということで、詳細はかなり省きましたが…こうして無事私は助産師への道を歩み始めたのです。