日本人は何かと物事をマニュアル化する。
モノづくり、機械の取り扱い、調理、運転・・・etc
これらにおけるマニュアルは多くの場合に、
それらの事象を効率化するための方法が記され、
どんな人にでも、同じように「使う、操作する」ことが出来るようになる。
徹底されたマニュアル管理により、
ほとんどの仕事、操作、行程は効率化され、
大きなトラブルなく物事が進んでいくのである。
これらの傾向から、
我々は「マニュアル」通りに事象をすすめ、
また、マニュアル無しでは
不安を感じるようになってしまっているのではないだろうか。
こうした事から、様々な場面でのマニュアル化が進行している。
「外国人の扱いマニュアル」
「プロポーズ、デートのマニュアル」
「就職活動のマニュアル」
といった、
「個性」を出す場面でさえも
近年ではマニュアル化されてしまっていると感じた。
大学4年生になり、自身も就職活動を経験したが
「絶対受かる就職活動!」
「就活必勝マニュアル」と言った見出しの
記事や書籍を多く目にしてきた。
集団面接の機会にも、多くの人が
「サークルで部長」「バイトリーダー」といった役職を持ち
「◯◯な取り組みで◯◯が変化した」という
ある種テンプレ化された、
学生時代の経験を口を揃えて発表する。
こういった事から、企業はエピソードの内容より
それをどう上手く「話す」か、
質問に対してどうやって「切り返すか」といった
「コミュニケーション力」を求める。
就職活動を終えた後、多くの人に
『「学生時代頑張ったこと」どうしました?』
「自己PRの書き方教えてください」
と聞かれるのだが、
そんなものに意味は無いのかもしれない。
もちろん決められた場に応じた
「服装、マナー、言葉遣い」というのは必要な要素だ。
それは最低限のラインでもある。
しかし、学生時代頑張ってきたことや自己PRなどの
「個性」を評価されるのではなく、
それらを伝えるための、
マニュアルとしての文章、話術が評価されるのは不思議な話。
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(あとがき)
就職活動を終えて2ヶ月が経つので
忘れないうちに感じたことを文章にしました。
マニュアル化が好きな日本だからこそ、
「マニュアル通り」の学生を求めるのかもしれません。
かくいう自分もマニュアルを一切使ってないかと言えばそれはNO
そこが最低基準になってくるので
結局誰しもがそれを必要とせざるを得ないのだと思います。
何となく嫌な気がしてしまうのは
こういった「マニュアル」や「就活対策イベント」を利用して
就職活動生が社会の「食い物」のように扱われることです。
Web試験は回答が出回り、
個人の性格診断さえも「企業が求める答え」というのが
書籍などにして販売されています。
性格診断に「答え」があるなんて、もう意味が無いですよね。
それを「調べる力」、「汲み取る力」と言えばそうなんですが、
何か原点から外れてしまっているような気がします。
企業に自身が無理矢理、適応させて入社しても
社風と本心はマッチしてないのだから、
近年、問題視されている
「若者の離職率」というのも仕方の無いことだと感じてしまいます。
やりたい仕事に就きたい、
大手企業で働きたいという気持ちはもちろん分かりますが、
そのために自分を偽って、
働いていくことが良いのだろうかと何度も疑問に思いました。
「社会ってそんなもの」って言われればそれまでなんですが、
どうにも本来の目的と離れていく
就職活動の傾向は無個性な日本にしてしまう気がしました。


