クリスマス プレゼント(前篇) | たぬきのしっぽ ☆彡

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★チンチラたぬきと
メインクーンきつねの生活日記♡












 


社長室の窓からは
街の灯りが見える。
クリスマスカラーに染まった華やかな街
これほど響子の今の心境から遠いものが
あるだろうか。

「組織検査の結果を待ちますが
この腫瘍は位置と大きさ等から考えても
良性である可能性は低いでしょう」
「……手術、ですか?」
「残念ですが、手術するには位置が」
「……じゃあ、放射線か何か」
「やはり、位置が問題で」
「では、どうすれば?」
「抗癌剤を使いますか。
この種の癌はクスリが効きにくいし
強いものを使うのは……」


もはや手の施しようがないと
医者は言っているのだ、と
響子が理解するまでには時間がかかった。
理解ができても
どこか信じられない気持ちだった。

だが、どれだけ自分の体が
悪性の細胞にむしばまれているかは
ここ数日で把握した。
激しい頭痛、吐き気、めまい
悪夢にうなされる日々、
いっそ死んだ方が楽か
と思うほど症状はひどい。

両親は交通事故で
子供の頃になくした。
その後叔父の家で育ったが
女中代わりに使われ
それが嫌で上京
こうして経営者になりあがるまで
できることは何でもした。
それもこれも
「ひとりで自由に暮らすお金が欲しい」
それだけのためだった。

「ひとりで自由に暮らすお金が欲しい」
そんなものは
とっくの昔にできている。
その時に
せめて10年前に
どうして仕事をやめて
自由に暮らす決断ができなかったのだろうか?
欲?
そうお金がすべてに思えてきている。
いや惰性
いや習性と言った方が
いいかもしれない
会社に対して
妙な情熱というか
愛着というか
変なこだわりもあった。

今となっては
何もかもが
むなしく思える。


 

その時
ドアが開いて
今日で専務を辞め退職する
木崎敏恵が入って来た。
社長、20年間お世話になりました、と
最後のあいさつに来た。


利恵は創立以来のメンバーだ。
苦楽をともにしてきた仲間というか
同士、必要不可欠な存在だった。
少なくとも会社が小さい間だけは。

数年
パタンナーとしての
経験を積んだくらいで
アパレル業界に何のコネも縁もなく
会社のマネージメントなんて
考えたこともなかった響子を
一人前にしてくれたのは
敏恵だったと言っても過言ではない。
年齢も響子より7歳年上だった。

響子がデザインした服は
あまり斬新でもなく、
カッコよくもなく
当初は全く売れなかった。

敏恵は
これらありふれたデザインの服に
襟や袖口を
取り換えて着られる機能をプラスして
「女性の考える女性のための普段着」
というコンセプトで売り出し
「スタジオK」の人気を確立した。

「あなたのデザインした服が
この会社を育てるのだから」と
敏恵に推されて社長になった時
響子はこう言ったはずだ。
「じゃあ、今回は私が社長になるけど、
3年ごとにみんなで代わる代わる社長になろうね」
確か、あの時は敏恵こそ社長にふさわしい、
だからすぐに交代してもらおう、
そう考えていたはずだった。


 


だが、人間なんて現金なものだ。
地位は人を造ると言うより
人を変える。
今の私は打算的な経営者でしかない
目の前で微笑んでいる敏恵を
見つめながら響子は喉の奥に苦いものを感じた。


かなり以前から
響子は敏恵に
会社を辞めてほしいと思っていた。
会社に着てくる服も
ヘアスタイルも時代遅れだ。
スタジオKは若さが売り物の会社だ。
専務が普通のおばさんじゃ話にならない。

だが、自分では言い出せなかった。
理由はもちろんお金だ。
本人が自分から辞めると言えば、
余分なお金を出す必要はないだろう。
要求されても、会社組織になったのだから、
規定に従ってもらうと言えばいい。
だが、こちらから、やめてくれと言えば、話は違う。

「木崎さん
これからどうなさるの?」
「主人と旅行に出かけるんです」
「そう、素敵ね。いつから?」
「明日、出発の船で」
「あら、旦那様、お仕事は・・・・・・」
「主人はこの春定年退職をしたんです」
「あら、そうだったの」

初めて、響子は敏恵に嫉妬を感じた。
私にはスタジオKしかないけれど
この人には家庭がある。
娘に息子、それに夫。
でも、いいわ。
船旅に出るほどお金があるなら、
会社の創立に貢献したのだから
お金をよこせなんて
言い出すことはないわね。

 


「それでね、響子、じゃなかった社長、
例の子猫なんだけど
今夜社長の家に届きますから」
「え?猫って?」
「やだ、忘れてるんですか?
昨日もお願いしたじゃないですか」
「あ、そう、あれって猫のことだったっけ」
「とっても可愛いコなんですけど
私たちは船に乗るし
面倒みられないから
社長に飼ってもらうのがいいと思って。
エサも一緒に送りますから」

敏恵が最後に聞いてほしいお願いがある、と
言い出した時
響子はドキリとした。
金銭的要求をされるのだと思ったからだ。
だが、それは貰い手を探している子猫がいて
そのコをもらってほしいということだった。
なんだ猫、それも私にくれるの?

会社を始めた最初の頃
猫を飼いたい、というのが響子の口癖だった。
だが、家に帰れない日が続いていた
一人暮らしの響子には
猫を飼うことができなかった。
お人よしにも程があるわ。
そう思ってホッと胸をなでおろし、
同時に自分の浅ましさを思い知った。

たぶん、響子が
必要以上に敏恵を遠ざけた理由は
敏恵があまりにも善人のままで
話すたび見るたび
自分の汚さに気づかされるからだ。

激しい頭痛が
響子をおそった。
思わず顔をしかめ、
顔を伏せる。

「どうしたんですか?
大丈夫?」
敏恵が椅子から立ち上がって
駆け寄った。

「いいの
悪いけど
一人にして
猫は
できるだけ面倒をみるから」


「社長
身体は大事にしてくださいよ。
スタジオKは
アナタ自身なんだから」
そう言い残すと
敏恵は心配そうに振り返りながら
部屋を出て行った。
ドアの閉まる音がした。
ありがとう、の一言も
素直に言えなかった、と
響子は激痛の中で思った。



 



*☆*:;;;:*☆*:;;;:



 

その夜
響子はタクシーに乗って
家に帰った。
子猫が動物の配送業者によって
運ばれてきたのは
響子が家に着くのと
ほとんど同時だった。

うわあ、かわいい!
それはとても小さい子猫だった。
目のところに黒い毛が生えていて
パンダのように見える。
敏恵の書いてくれたメモ書きには
クセのある字で
子猫の飼い方が
丁寧に書いてあった。

子猫はミューミューと鳴きながら
部屋を探検して歩いているようだった。
ひとしきり歩き回ってから
響子の目の前に来て
甘えるように鳴いた。


響子が抱き上げて膝にのせると
そのままスヤスヤと寝てしまった。
響子はそのぬくもりに
今まで知らなかった安らぎを感じだ。

「しばらくは
夜はケージの中で
眠らせること」

敏恵のメモ書きを思い出して
響子は子猫と一緒に寝るのをあきらめ
眠っている子猫をケージに入れた。


 
  
  


その夜、響子は夢を見た。
雨が降っている街角で
響子は待っていた。
久志とは
一緒に家出をして東京に行くと
約束をしていた。
だが、いくら待っても
久志はやって来なかった。
雨の中で1時間待った。
やがて雨がやんでもう1時間待った。
夕陽が沈んだ。

あきらめて
泣きながら
裏切られた気持ちで
一人で電車に乗った。
昔の想い出
どうしてこんなこと
今さら思い出しているのだろう、と
響子は夢の中で思った。


すると一羽の金色のハトが飛んで来た。
響子はハトの背中に乗った。
すると病院のベッドの上で
騒いでいる久志の姿が目に映った。
「オレは行かなくちゃならないんだよ。
響ちゃんが東京で迷子になっちゃうじゃないか」
あ、久志は事故で来れなかったんだ。
わざと守れない約束をしたわけじゃなかったんだ。
そう思うとホッとして、目がさめた。

目がさめると
ケージの中で子猫が
エサが欲しいと鳴いていた。
子猫にエサをやりながら
昨夜は頭痛があまりなかったことに気がついた。

久志、今も元気で暮らしているといいなあ、と
響子は思い笑顔になった


 
  

*☆*:;;;:*☆*:;;;:


 

響子は子猫をミューと名づけた。
会社から帰ってくると
子猫はケージの中で鳴いている。
出してやると、
昨日よりしっかりとした足取りで
部屋を歩きまわっている。
そして、
響子の前で
叱りつけるように
ミューと鳴いた。

そうそうエサね。
ごめんね
忘れるところだったわ。
ダメな、飼い主ね。
ベッドに横になって
テレビを見る。
いつの間にか
子猫が響子の隣に来て
一緒に寝ている。
響子は嬉しくなった。

だが、その時、激痛が襲って来た。
響子はベッドにうつぶせになった。
痛みが去るのをじっと待つ。
子猫が心配そうに
響子の手をペロペロなめた。

大丈夫よ
心配しないで
大丈夫
頭痛はいつもより
早く治まった


 

その夜、
響子は再び夢を見た。
パタンナーをしていた頃
付き合っていた浩二と
渋谷のカフェにいる

あのカフェ、
もうとっくになくなった
結婚の約束をしていたのに
浩二が急に別れると
言い出したのが
あのカフェ
やだ、また、昔の想い出

「彼女でもできたの?」
「いや」
「じゃあ、私に飽きたの?」
「違う」
「じゃあ、どうして?」
急に浩二の顔がゆがんで
胃のあたりを押さえている
「どうしたの?」
「なんでもない」
「なんでもないはずないじゃない!」

しばらくしてから
浩二は言った。
「キミはどうして
どうしてって
いつも聞くけど
世の中には
理屈じゃ割り切れないコトが
いろいろあるんだ」
そう言ってカフェを出て
それっきり
何の連絡もなかった。

でも、浩二のあの痛がりようは
まるで今の私

ってことは
まさか

夢の中で
また金色のハトが飛んで来た。
あわててその背中にのる

すると
病院の診察室で
医者の前に座っている
浩二の姿が見えた

「残念ながら悪性です」
「そうですか」
「位置が悪くて
手術も放射線治療も」
「わかっています。
オレ、後どのくらい生きられますか?」
「・・・・・・半年くらいは」
「そうですか」

浩二は顔色ひとつ変えなかった。
だが、診察室を出ると
ため息をついて
肩を落とした。
その後ろ姿を見て
響子は泣いていた。
どうして本当のことを
言ってくれなかったの?

どこかの海岸
砂浜に寝そべっている浩二
サングラスをかけている
カバンから
一枚の写真を取り出し
見つめる
それは響子が微笑んでいるスナップ
サングラスの下で
浩二が微笑んでいるように見えた
手から響子のスナップがひらりと落ち
浩二の首ががっくりと倒れる
周囲の人は誰も気付かない

夢の中で
響子はただ泣いていた
私は二回も浩二を失ったと思いながら

目がさめると
響子の腕を枕にして
子猫のミューが眠っていた
ミュー
ありがとう
お前が来てくれたおかげかな
夢の中で
少なくとも
誰にも愛されない存在ではないことに
気づけたわ


 

*☆*:;;;:*☆*:;;;:

 


 






12月23日に続く



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