こんばんは。

金曜日の午後、夫の父が亡くなり、全ての予定をキャンセルして実家へ。さきほど戻りました。


2月の末に倒れた時、危篤状態で、構えていたけれど、持ち直して、病院を移動するとか、今後の介護をどうしていくか・・・?みたいに話がなっていたんで、長期戦だなあ。と、油断していました。今週末で仕事が一段落するから、御見舞いに行かないと・・・・。と、思っていたところでした。一週間前に夫と子供2人だけでも会いに行っておいて、よかったです。


88歳を目前にしての、まあ、大往生なので、集まる親族も、明るく、小さい子もいるので、にぎやかな集まりとなりました。こんな時でもないと、これだけが勢ぞろいはしません。



ちょうど、1年ほど前に、夫のお兄さんが60歳で、亡くなった時とは、やはり違います。


今日、お寺の住職さんが、「私達は、身近な方、大切な方が亡くなったときに、自分もいつか死ぬのだな。と感じて、生きている今についても、考えをめぐらせることができる。」というようなことをおっしゃていました。


お兄さんが、亡くなった時は、がんで、急に進行しての死であったこともあって、じぶんだったら、どうしてほしいか、夫はどうだろう?母は?とか、かんがえてしまいました。葬儀の仕方とかも、最近は生前にきちんと打ち合わせをするようなことも、話に聞いていて、結構興味あります。

しかし、夫には、もしものときは、どうして欲しい?とか聞けるけど、母には、聞きづらい。リアル過ぎて・・・。(因みに、わたしの父は、40代で亡くなっています)


私の知人は、親戚がなくなったとき、故人の意思で、「家族葬」にしたため、形式ばった儀式がなさ過ぎて、残された家族の心の整理がつけられないようで、傍目で見て大変だ。と言っていました。


漠然と希望を示すんではなくて、プラスマイナス考えて、家族間で、話し合っておく事が大切なんでしょうね。