いつもオバの着物や帯、室礼の和小物などなど
品物ばっかり紹介して・・・
オバのことについて全く触れてませんでしたよね汗

天国で「ウチのことも紹介してよ~!」って言ってるかも~あはは♪
     (きっと言ってないです笑
ってことで少しだけ・・・語ります

「オバ」という表現をしてるけど伯母でも叔母でもありません
正しくは父の従姉なんです!!o
なので私たちは「踊りのオバさん」と呼んでました笑
10代~亡くなる85歳まで生涯、日本舞踊に打ち込んだ人でした扇
生涯独身で・・・いや、日舞と結婚してたかもね~ハート


83歳の時の写真 (於:博多座)
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舞台化粧が厚いのでモザイクは要らないでしょうひひ

自分の最後の舞台だといって、この写真を渡されました


若い頃は国立劇場などでも踊ってた記憶があります
私が小学生の頃、楽屋裏について行って暇だった事を覚えてます


オバは昭和24年~30年の6年間、東京都台東区千束で
師匠(藤間流)の家に住み込みで日舞の修行をしていたそうです
正確なことは亡くなった後、戸籍の附表で知りました
以降も年に何度か東京に行ってました上京


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後に(というか、ごく最近)
反物の整理などしてる時にこの楯を見つけましたルーペ
平成9年に永年舞踊家表彰を受けてたみたいですキラキラ
私も家族も初めて知りました顔13



これがどんな条件で頂けるのかは 私には全くわかりませんsei
意外にシャイで こういうのを表に飾るのを嫌う人だった為か
戸棚の奥の奥から出てきましたよぉ~笑


そういえば、私も子供の頃「祇園小唄」とか「梅にも春」とか
強引に習わされましたよ(やりたくない!とかなり抵抗してた)
踊りの才能も全くなかったのですぐに辞めましたけどねあはは♪
  ※しかも当時は祇園子・歌と思ってました笑


オバは私や主人、兄や義姉を孫のように可愛がってくれました
亡くなって数年経ちますが 沢山の着物や帯、着付け小物類を
残してくれて、今でもずっと感謝し続けています
これからもブログで着物類の紹介させてねaya

オバが元気な時に私が着物に興味を持てれば良かったなぁ
それだけが唯一の心残りかな~顔2なお