「人生、ここにあり!」




という映画をご存知ですか?




イタリアでの実話を基に作られた映画で、

バザーリア法によりイタリア中の精神病院が廃止となり、そこから追い出された患者たちからなる労働組合の組員たちがある男性との出会いを通して、閉ざしていた心を徐々に開き、彼ららしい生き方を見つけていく。

笑いも愛も涙もある、かなり心揺さぶられるお話でした。


もしこの男性の立場が自分だったら、、、
きっと彼らの心には何も届かないだろうし、こんなにも彼らが幸せと思うことはないだろうなって。

街で 精神障害者の方を見かけた時、やはり正直な話、近づいてこられただけで「ちょっとこわいな」と思ってしまう自分がいました。

何を考えているかわからないから、と思ってたのですが、それって他の人に対しても同じはずですよね?

他人が何を考えているかなんて元々分かるはずないのに。



「精神障害者」なんてレッテルを貼られているだけで、彼らも他の人間と何ら変わりない。

むしろ他者の働きかけによって過激な行動にでてしまう、それが正当防衛であったとしても第3者からすると精神に障害があるからだ、となってるだけ。

少しネタバレになってしまいますが、例えばルカ。

ルカの実の兄が母にずっと暴力をふるっていた、ある日彼は兄を黙認することができなくなって、母を守るため兄を殺してしまった。

たしかに殺人は罪です。しかしそうするしか手段がなかったのかもしれない。

彼のような場合でも精神障害者とされる。

私としてはなんだか腑に落ちないんですよね


パーティでジージョのことをバカにしていた男にルカが暴力をふるったときも、正義感がルカをそうさせてしまった。

手を出すことは悪いことではある。だがルカだけが悪いわけではない。

精神障害者ってレッテルがある限り、彼も 他のそのレッテルを貼られている人も「これだから精神障害者は」と言われる。

人間ってかなしい生き物だな、と。

他者のことなんて話し合い関わり合うことでしかわからないのに、理解しようとも努めず、「精神障害者」とまとめることでわかったつもりになってる。

それもその定義が何かもわからないのに勝手にまとめてる。

人間誰もがどこかに欠点を抱えているのに、人より目立った欠点がある人に「精神に障害がある者」なんて名付けちゃう。


正直 「健常者」て言い方もどうかと思います。
常に健康な者?
そんな人おらんやろ(笑)って


この映画では「精神障害者」と呼ばれる人々のことを、「異なる形の才能を持つ者」としていました。

一つの個性として受け入れる。

言葉にするとこんなにも単純なことなのに難しいんですよね。




かなり考えさせられました。
きっと人それぞれ感じることは違うでしょうから、私の意見はここまでとしておきます!

ぜひ見てください!