終わって欲しくない長寿番組 ブログネタ:終わって欲しくない長寿番組 参加中
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細木和子先生もかつてテレビでレギュラー
番組を持っていた時代もあった。
時代などという言葉を使うとかなり昔の
話に聞こえるが、それはほんの数年前
話なのだ。
いつしか細木先生もテレビの世界から
遠ざかり、今やそんな話さえ舞い込んで
くる事も無くなった。
だからと言って先生がその現実を
嘆いているわけではなかった。
もはやテレビなど下らない、どうでも
いいことしか垂れ流さない有害な箱、
そんなものに自分が出ていたことを
思うと先生は今となっては身の毛も
よだつ思いさえしているのだった。

それでも一応新宿ごちそうビル7階
先生の執務室にはテレビがあった。
時々先生はそのスイッチを入れてみる。
真昼間につけたテレビを見て
『まだ、この女、テレビに出てたの、ったく
ジョセフだか、ユニセフだか知らないけど
この女もあのテウィの野郎と同じで
外国かぶれしてるだけでしょう』
吐き捨てるように言った、細木先生は
すぐにそのスイッチを切った。
そこに出ていたのは黒柳徹子だった。
正直な話、細木先生から言わせると
黒柳徹子などテウィ夫人と同レベル
必要以上に外国かぶれしてるだけ
の人物に過ぎないのだ。
『今のテレビなんて、どういつもこいつも
ロクな奴が出てないじゃないの』
そう吐き捨てる様に言ってのけた細木
先生。

先生はこの時点ではまだテウィ夫人が
フジテレビのバックアップを得て『新宿
大舞踏祭』開催への道をついに歩み
出したことを知らなかった。
フジテレビといえばかつて先生がレギュラー
番組を持ち、毎週通ってきたテレビ局
だった。

テレビを消した細木和子先生は短冊と
筆を手に一句捻り出そうとしたが何も
浮かんでくることはなかった。
テウィ夫人との抗争もまた決着をつける
ことなく、こう着状態が続いたまま、
しかしそれを打開する道も今はない
様に思われた。

新宿ごちそうビルのセキュリティー問題
で手一杯だった今年の夏。
それ以前にどんな戦略を立てていたのか
夏以前のモチベーションはすっかり先生
の中から失われてしまっていた。

短冊と筆を手にもはやお手上げ状態
の細木先生、ついにその二つを
放り出し、執務室の窓から新宿の街を
眺めるしかなかった。
そこにはいつもと変わらぬ新宿がある
だけだった。