下手の横好きの独白録

下手の横好きの独白録

毒説の日々。日本の村社会への批判,反日プロパガンダへの批判,反原子力への批判。

日本人は,何に対しても直ぐに感情移入して相手と自分たちとが同質だと誤認して,相互理解に達したという錯覚を持つ性向があります。このため,”郷に入らば郷に従え”という精神がなく,”法律は皆が守らなければならない”という意識がないムスリムに対しても,日本人と同様に”郷に入らば郷に従え”という精神を持っていると思い込んでいます。大部分の日本人が,ムスリム共には,いわゆる”郷に入らば郷に従え”というの精神がないこと,”法律は皆が守らなければならない”という意識がないことを,全く理解していないことが,日本各地でトラブルを起こしています。

ムスリムどもが法律を守ろうとしないのは,”自分たちが一番偉いく,自分たちには,宗教法による法律や司法の自治権がある”と思い込んでいるためです,これは,基本的には,イスラムにおける宗教的優越感に起因しています。イスラムにおける5つの階級は以下のとおりです[1]。

第1階級:イスラム教徒
第2階級:マワリー(イスラム教への改宗者)
第3階級:聖典の民(ユダヤ教徒+キリスト教徒)
第4階級:偶像教徒
第5階級:奴隷


当然のことながら,イスラムには,キリスト教や仏教のような人間の平等性がありません。なお,ムスリムどもにとっては,日本人は,第4階級の偶像教徒。ムスリムの基準では,日本人は,助ける価値のない人間扱いです。

ここで,注意しなければならないのは,アラブの歴史の大家でプリンストン大学の名誉教授であったヒッティ{2}が言うように,”イスラムとは,”宗教&文化&政治の3つの面を持つ生活様式”です。イスラムでは,宗教が全生活を律しています。コーランが定めた戒律であるシャリア(水に至る道)を忠実に守らなければなりません。つまり,イスラム教は,今日に至るまで,聖俗を区別することなく,政治から,衣服,娯楽,食生活をはじめとして生活の隅々の些事に至るまで人々の生活すべての面を支配しています[3]。中東では,宗教は法律だと思え,信心だと思っていると,とんだことになるといわれているくらいです[4]。

 

このように,現在でもなお,イスラムは,極端な祭政一致であるため,上記の階級意識は,単に社会的な慣習として残っているのではなく,法律や司法権にも影響を及ばしています。

祭政一致のイスラム圏では,人間がどの宗教宗派に属するかによって,法律や司法権が異なります。つまり,宗教宗派ごとに別々の法体系化の下でいきることになります。これをミレット制といいます[5]。西欧や日本のような近代国家と異なり,宗教宗派と無関係に法律や司法権が及ぶわけでありません。

具体的には,イスラム教徒に関して問題が起きた時には,イスラム教の宗教法廷にいくことになります。このとき,イスラムの法廷で裁判を受ける権利は,第1階級および第2階級のイスラム教徒だけです。第3階級以下の民は,イスラム法廷による裁判権を受けることができません。これについて,ユダヤ教徒やキリスト教徒(主に正教系)も同じで,ユダヤ教徒に関して問題が起きた時には,ユダヤ教徒の宗教法廷に,キリスト教徒に関して問題が起きた時には,キリスト教徒の宗教法廷にいくことになります[6]。

イスラム教徒と第3階級の聖典の民(ユダヤ教徒orキリスト教徒)と係争の場合も,イスラム法廷で行われますが,第3階級の聖典の民(ユダヤ教徒orキリスト教徒)の証人は,イスラムに不利な証言をしてはならないなど制限がありました[6]。

トルコでは,各宗教宗派に対する司法的な自治権を認める権限は,スルタンにありました。スルタンが司法的な自治権を認めた宗教宗派に対しては”勅許状”を発行していました。この”勅許状”を受けた宗教団体をミレットと呼んでいました[5]。

当然のことながら,ムスリムどもは,近代国家における”法の下の平等”などは,完全に考慮の外となります。”法の下の平等”は,根本的には,宗教上における人間の平等性にあるとされています。西欧の基礎となったキリスト教では,”神の前では人間はみな平等である”と説きます。また,仏教でも,来世では,仏になることができます。西欧では,この人間の平等性を,近代以降,啓蒙主義に基づき,人間の平等性を,現世でも,”法の下の平等”という形で反映してきました。日本で”法の下の平等”という概念が確立したのは,明治以降ですが,仏教や神道における人間の平等性からすんなりと受け入れることができました。

西欧が”法の下の平等”という方向に踏み出したときでさえも,イスラム圏では,宗教宗派に基づく宗教法体制を固定化してしまいました。トルコが中東を制覇したのが1516-1517年にかけて。ヒッティなどのアラブの史家は,西欧に啓蒙時代の光が輝き始めたとき(宗教改革の開始は1517年)に,我々(アラブ)は,暗黒時代に陥ったという意識があるようです。

このような”自分たちが一番偉い”,”自分たちには宗教法による自治権がある”と思い込んで居るムスリムが,先進国に押し寄せると,どうなるか? ムスリムどもは,”信仰”を盾に,イスラム教および宗教法を根拠とすれば,どんなごり押しでも通ると考えています。近代国家における”信仰の自由”は,社会の安寧秩序を妨げない,他の宗教を圧迫しない,という大前提の上に成り立っています。ところが,ムスリムどもは,”自分たちが一番偉い”と思い込んでいるために,近代国家における”信仰の自由”の前提を完全に無視・

つぎに,自分たちには,宗教法による法律や司法の自治権がある(ミレット制)と思い込んでいるため,移住した先の法律などさらさら守る気がありません。日本において,良心のかけらみなく,神社仏閣を汚したり,破壊,放火したりします。これは,イスラム法上は,神社仏閣は,忌むべき偶像崇拝を行う場所となるからです。さらに,異教徒という理由で,女性を強姦し放題です。これは,イスラム法では,異教徒の女性は,強姦せよとされているからです。さらに,警察その他が,放火や強姦など移民先の法律に違反したムスリムを逮捕しようとするとき,”自分はムスリムだ。逮捕するのは不当だ”と主張するのもこのためです。

以上のように,”宗教法”をごり押しし,法の下の平等を認めないムスリムと近代国家の共生は,実質的に不可能です。インドですら,ムスリムとだけは,共生できないと言っています。それまでムスリムと接触したこともなく、イスラム教国で暮らしたこともないウブな日本人」が、”イスラム教とはこういうものでーす”という要求に逆らうこともせず、受け入れてしまったことが悲劇の第一歩です。

日本は,ムスリムのごり押しに対応するために,”いかなる宗教法よりも,憲法が優先する。法律は,すべて憲法に準拠する”という原則を堅持すべきです。日本に,XXXスタンが発生するまえに。

なお,上記のブログの元となった参考文献を紹介します。できれば,各人が原典にあたり,ムスリムには,”郷に入らば郷に従え”というの精神がないこと,”法の下の平等”の精神がないことを確認してくださるようにお願いします。

参考文献,

[1]山本七平,加瀬英明,”イスラムの読み方" p.81-82 祥伝社新書
[2]Philip K. Hitti https://en.wikipedia.org/wiki/Philip_K._Hitti

[3]山本七平,加瀬英明,”イスラムの読み方" p.16, p.250-251 祥伝社新書
[4]山本七平,加瀬英明,”イスラムの読み方" p,146 祥伝社新書
[5]山本七平,加瀬英明,”イスラムの読み方" p.126 祥伝社新書
[6]山本七平,加瀬英明,”イスラムの読み方" p.90-91 祥伝社新書