このエントリーは、本来、先のエントリー「罪深き「内部告発」その(3) 」の「(3)疑問点その3」の補足として作成しようとしていたものです。疑問点その3は、「警察と検察の関係」に関連するものですが、現職警察官の内部告発の内容は、私が承知している「警察と検察の関係」に反しているように思うのです。具体的には、司法制度、特に、警察と検察の関係を熟知しているはずの現職警察官が、

  「検察側からの圧力があって捜査を断念せざるを得なかった」

  「創価学会の信者と見られる検察官からの捜査打ち切りによって」

  「しかし、この事件はその捜査指揮を創価学会の検事が担当したのです」

とか言っていることに、私は違和感を感じるのです。というのも、検察官は、検察官送致(いわゆる、「送検」)の前の警察の捜査においては、基本的には、個別の事件について警察官の捜査を指揮することはないんです。


 【追記】

 11/5 正確性を増すために、「検察官送致(いわゆる、「送検」)の前の警察の捜査においては」という記載を追加しました。即ち、送検後には、公判を維持するために必要な証拠収集という観点から、(刑事訴訟法第193条)に基づく警察に対する指揮権を発動することがあります。


 一方で、せと弘幸Blog『日本よ何処へ』のエントリーを読むと、瀬戸センセーは、信田昌男検事が、創価学会の信者であるがために東村山署において不当な捜査指揮を行ったと言いたいようです。例えば、直近の10月31日のエントリー「【連載】朝木明代市議万引き未遂冤罪事件(3) では、信田昌男検事が、万引き事件の捜査において、不当な指揮を行ったと匂わせています。また、8月18日のエントリー「【連載】朝木明代元東村山市議殺害事件(3) 」では、「(6)東村山署は創価学会検事の指揮で、これを「他殺」ではなく「自殺」として取り扱った」(注:原文では、(6)は丸数字の6)なんて書いてます。しかしながら、警察と検察の関係を関係を考えれば、このようなことはまずありえないように思うのです。


 以上のような思いから、警察と検察の関係について、罪深き「内部告発」の補足編(3)ではなく、独立したエントリーを立てて説明することにしました。


 さて、まず理解すべきことは、警察と検察とが別組織であり、また、対等な関係にあることです。警察は、検察の下部組織では決してありません。警察と検察は、現在の刑事訴訟法の下では対等の関係にあり、「捜査に関し、互に協力しなければならない」と規定されているのです(刑事訴訟法第192条)。より具体的に言えば、(東村山警察署が属する)警視庁は、決して、東京地方検察庁の指揮下で捜査を行うわけではないのです。


 では、実際に犯罪が起こったら、どのようにして捜査が行われ、また、訴追が行われるのでしょうか?これについては、元検察官の方が作成したWebページ「-誰が読んでもよくわかる-裁判員読本 」(著者:小嶌信勝 元仙台高検・廣島高検各検事長)を見れば、よく理解できます。このページには、裁判員制度で審理の対象になるであろう、殺人事件の捜査と訴追がどのように行われるかが、わかりやすく説明されています。


 本来は上記のWebページを見ていただいたほうがよいのですが、以下では、私なりの説明をします。

 通常、犯罪が発生すると、警察が第1次的に捜査を行い、被疑者を特定したり、証拠を集めたりします。即ち、警察官(正確には、司法警察職員)は、「犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するもの」と定められています(刑事訴訟法第189条第2項)。そして、警察官が「犯罪の捜査をしたときは、・・・速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない」のです(刑事訴訟法第246条)。これが、いわゆる「送検」というものです。法律用語では「検察官送致」といいます。朝木市議の万引き事件では、「書類送検」が行われたわけです。


 さて、「送検」が行われると、検察官は、警察の捜査結果を検討し、被疑者を「起訴」するのか「不起訴」にするのかを決定します。被疑事実が明白であり、また、被疑者を処罰すべきであると判断した場合には、検察官は被疑者を起訴します。一方、被疑事実が明白でない場合には不起訴にしますし、被疑事実は明白だが訴追の必要がないと判断した場合には起訴猶予にします。このとき、必要であれば補充捜査を行います。補充捜査は、警察の捜査結果では公判を維持するために不十分である部分を補足するために行われます。詳細は、Wikiの「起訴 」の項を参照してください。


 【追記2】

11/5 補充捜査について補充しました。検察官が補充捜査を行う権限は、後述の刑事訴訟法第191条が根拠となっています。もっとも、刑事訴訟法第191条のこの規定は、検察官が、警察の捜査が行われていない状況でも自ら捜査を開始する根拠となっています(例えば、ご存知の東京地検特捜部や大阪地検特捜部が自ら捜査を行う根拠はこの条文にある)。


 この「送検」(正確には、検察官送致)が行われるまでは、「通常は」検察官は犯罪捜査にノータッチなのです。即ち、「通常の」犯罪捜査においては、「送検」前における警察による捜査の段階で検察官が警察官を指揮するなんてことはありえないのです。更に言えば、「送検」前における警察による捜査を指揮するのは、警察官であって検察官ではないんです。ですから、「通常の」手順で捜査が行われたのであれば、信田検事が送検前に東村山警察署の捜査を指揮するなんてことはありえないのです。


 【追記3】

 11/5 正確性を増すために、「送検」前における警察による捜査の話であることを明記しました。


 さて、「通常の」と書いたのには理由があります。検察官は、実は、「自ら犯罪を捜査する」権限を持っているのです(刑事訴訟法第191条)。おまけに、刑事訴訟法の条文上は、検察官が警察官を指揮する権限を持っているように読めるのです(刑事訴訟法第193条第1項~第4項)。だったら、信田検事が、自ら東村山警察署の警察官を指揮して捜査したんじゃないの、そしてその捜査を不正に行ったんじゃないの?っていう人が出てきてもおかしくない。特に、転落死事件については、信田検事は、事件の翌日の朝木市議の死体の「検死」に立ち会っているのだから(8月22日のエントリー「【連載】朝木明代元東村山市議殺害事件(6) 」参照)、信田検事は転落死事件の直後から捜査に関与していたんじゃないの?って思う人もいるかもしれない。


 でも、事件の経過を見ると、本件については、ちゃんと「通常の」手順で捜査が行われているように思われます。だから、信田検事が東村山警察署の捜査を指揮したってことは私には考えにくいのです。加えて、刑事訴訟法に定められた「検察官が警察官を指揮する権限」ってのは、「捜査を断念」させたり、「捜査を打ち切り」させることができるような性質のものではないんです。ですから、上の3つの現職警察官の発言は、その内容自体からして「眉唾もの」であるように思うのです。


 さて、ここまで書いて、ものすごく疲れました。次回以降のエントリーでは、万引き事件や転落死事件が「通常の」手順で捜査が行われたと思われること、及び、検察官による警察官の指揮について説明します。