緊急搬送された大学病院に3時頃到着。



色々な先生達が色々な検査を始めました。


私は涙を流しながらダンナ君とダンナ君のご両親の事、私の親、姉の事など考えていました。



せっかくみんな喜んでくれたのに………。



私の体のせいでみんなをまた悲しませてしまう…。



検査が終わりダンナ君が病院に到着。



先生達から、今週中に多量の破水をしたり感染症になっていたら手術はできません。
手術できたとしても手術中に破水する可能性もあるし、結ぶ手術ができたとしてもその後、破水したり色んなリスクが伴います。





っと言われました。




それでもダンナ君と私は、『経過を見て手術をしてほしい!少しでも可能性があるのならやれる事をやってほしい』




と先生に言いました。






おそらく赤ちゃんを待ち望んでいる親であれば1%の可能性でも賭けてみたいと思うと思います。





先生達がいなくなりダンナ君と二人になりました。



私はダンナ君に、


『ごめんね、ごめんね、ごめんなさい』



声になっていたかわからないけどダンナ君に謝る事しかできませんでした。




いつもは涙もろいダンナ
君が、


『少しでも助かるかもしれないんだったら頑張ろうよ』



あたたかい言葉でした。

もしかしたらダンナ君も泣きたかったのかな…。
我慢してたのかな…。



それはわかりませんが私にできる事は安静と手術ができる事を祈る事でした。
その日は火曜日。



手術ができるとすれば8月18日水曜日。



~続く~
8月10日17週 検診

エコーで赤ちゃんの様子を見る。その病院は4D設備がありかなりリアルに赤ちゃんを見る事ができますニコニコ


先生
『赤ちゃん元気に動いてるよ』




『よかったデスニコニコいつも検診来るまで不安だったから☆』


先生と私、助産師さんは笑って話していました。

『じゃ次は子宮見るから内診するね』


っと先生。



内診室へ入り先生が診察。



っと私の顔の前でひかれていたカーテンの向こうで何やら先生、助産師さんがザワワザワワあせるあせる



私は一気に不安になり胸から心臓が飛び出してしまいそうでした。



『エコーで見たら元気に動き回ってたし…』




心の中で自分に問い掛ける。




すると、先生が、

『赤ちゃんの胎胞が出かかってる!、すぐに大きな病院見つけるからね』





『……え?なんでなんで…』


その後は車椅子に乗せられ救急車が来るまで病室へ。
4年前と一緒だ…。


涙がどんどんあふれ出てきて何かを先生に言ったけど何を言ったかは記憶にない。覚えてる限りでは、


『赤ちゃん助かりますか?』
っとゆう言葉。



すると先生、

『わからない…』



目の前が真っ暗になりました。
口の中がカラカラになり相変わらず涙は止まらないしょぼん



気付いたら救急車に乗せられそのまま大学病院へ…。


~続く~
5月に妊娠発覚後、パソコンと格闘し、やっと病院を決めて通院しておりましたニコニコ

4年前の子宮頚管無力症の事もあり不安でしたが縛る手術は経過を見てとの事でしたので先生と自分の体を信じて過ごして参りました☆辛いツワリも越え今では吐き気が懐かしいですニコニコ





無事妊娠中期に入り、通常1ヶ月に1回の検診ですが私の場合、子宮頚管無力症なので2週間に1回の検診ニコニコ



7月26日15週 検診、子宮頚管の長さも赤ちゃんも異常なしニコニコ

『異常がなくても手術しなくて大丈夫なのかな』


ふとそんな事を思いましたが病院の先生が次回手術をするかしないか決めましょうと言ったので今度の検診で日取りを決めてもらおうと思っていました。





~そして8月10日17週 検診~



~続く~