こんばんは!
今日は私の通う大学で、グレゴリオ聖歌に関する講演会に参加して来ました。
ですので、今日はこのグレゴリオ聖歌について…

グレゴリオ聖歌とはどんな音楽か、みなさん知っていますか?
これはローマ=カトリック教会の典礼で歌われる男声による単旋律の聖歌です。
中世以前から歌われている音楽で今日なお歌い続けられているものとしては、おそらく最古のものと言えます。
つまり、音楽のご先祖様。
カトリックの聖歌…私たち日本人には程遠い音楽でしょうか?
そんなことはありません。
私たちが音楽に触れる際、「ドレミファソ…」と言いますよね。
この音の呼び名は、もともとグレゴリオ聖歌から取られたものなんです。
私はつい2年前に出会うまで「グレゴリオ聖歌」を知りませんでした。
初めてこれを聴いたのは、フランス文化を学ぶ講義の一貫でグレゴリオ聖歌が取り上げられたときです。
その講義を担当する教授のつながりでカナダ人の神父様が来日し、講義のなかでグレゴリオ聖歌を歌ってくださったのです。
私は初めて聴く旋律や言葉の美しさにとても惹かれました。
中世以前の音楽も生のラテン語も聴くのが初めてだったこともありますが、その旋律の動きが強く印象に残ったのを覚えています。
その後再びその神父様が来日して講演会を行なってくださり、私は講演会後にフランス語でお礼のメールを送りました。
このようなきっかけで、自分とは遠く離れた信仰という世界で生きる方とつながれたことも嬉しかったです。
そして今日、前回とは別の神父様が来日して講演をしてくださりました。
今回はグレゴリオ聖歌とガリア聖歌について。

ガリアとは…フランスがまだフランスという国として成立していなかった頃の、現在のヨーロッパ西部を指す地名です。
今日の講演の主題は、「フランス」ではなく「ガリア」という地で生まれた聖歌がどのように発展したのか、そしてそれがどのような経緯を経て現在歌い継がれているグレゴリオ聖歌に至ったのか、というものでした。
感想としては以下のふたつ。
ひとつは、グレゴリオ聖歌というひとつの文化を通してフランス(中世)史を見る、という試みがとても新鮮だったということ。
世界史の教科書で書かれているフランス国の成立やカトリックの国教化を、グレゴリオ聖歌という音楽の変遷や発展を軸に見る…
これは初めての経験でしたし、このような視点で中世初期のフランスを見ることができるということは、それだけフランスという国とともにグレゴリオ聖歌が密接に関わりながら時を経て来たということです。
視点を変えるだけで、同じ歴史でも全く新しい側面が現れること。
歴史の解釈の多様性と可能性は無限であると改めて実感しました。
ふたつめは、グレゴリオ聖歌の生成当初の存在意義について。
9世紀頃には今日歌われているグレゴリオ聖歌の主要なものは既にまとまっており、12世紀頃から楽譜に記され始めたとされています。
それまではどうしていたか?
なんと、何世紀にもわたって口承されていたそうです。
もちろん楽譜や音符の記述法など、技術的発明を待たなくてはならなかったということもあります。
それ以上に私が惹かれたのは、口承されていたころのグレゴリオ聖歌の意味です。
グレゴリオ聖歌はそもそも「祈り」のひとつであり、音楽本来の娯楽という要素とは違います。
つまり、最も重要なのはグレゴリオ聖歌を通して行なわれる祈りという行為。
そのため、グレゴリオ聖歌の多くは作曲者や作詞者が分かっていません。
楽譜で記されるまで、修道士たちは全てのグレゴリオ聖歌を頭に記憶して歌っていたと…
パソコンに記憶を頼っている今日の私たちからは想像し難いことですが、そのぶん当時の聖職者の聖歌への思いというのは計り知れないほどのものだったんだろうな…と思いました。
また、そのような時代からの音楽が生成当初の存在意義を基盤にしながら今日にまで歌い継がれているということに改めて驚きを感じ、中世まで時空を越えた想像の旅をした気分になりました。
一時間半という短い時間でしたが、中世以前から伝わる音楽の世界に浸り、その神秘的な美しさや背景にある祈りの重みなどに思いを馳せることができました。
講演会後は、教授の方々と神父様との食事会にまで参加させていただき、貴重なお話をたくさん聞くことができました。
今日取り上げられたようなガリア生まれの聖歌は、今となってはとても少なくなってしまったそうです。
また、中世時代のようにラテン語のまま歌うということも少なくなってきたそう…
利便性や時代の都合で排除されてしまう文化があるというのは、古今東西変わらず存在する問題であり、そのような遺産をしっかり相続していくことが今を生きる者にとっての責任であると改めて感じました。
今日は私の通う大学で、グレゴリオ聖歌に関する講演会に参加して来ました。
ですので、今日はこのグレゴリオ聖歌について…

グレゴリオ聖歌とはどんな音楽か、みなさん知っていますか?
これはローマ=カトリック教会の典礼で歌われる男声による単旋律の聖歌です。
中世以前から歌われている音楽で今日なお歌い続けられているものとしては、おそらく最古のものと言えます。
つまり、音楽のご先祖様。
カトリックの聖歌…私たち日本人には程遠い音楽でしょうか?
そんなことはありません。
私たちが音楽に触れる際、「ドレミファソ…」と言いますよね。
この音の呼び名は、もともとグレゴリオ聖歌から取られたものなんです。
私はつい2年前に出会うまで「グレゴリオ聖歌」を知りませんでした。
初めてこれを聴いたのは、フランス文化を学ぶ講義の一貫でグレゴリオ聖歌が取り上げられたときです。
その講義を担当する教授のつながりでカナダ人の神父様が来日し、講義のなかでグレゴリオ聖歌を歌ってくださったのです。
私は初めて聴く旋律や言葉の美しさにとても惹かれました。
中世以前の音楽も生のラテン語も聴くのが初めてだったこともありますが、その旋律の動きが強く印象に残ったのを覚えています。
その後再びその神父様が来日して講演会を行なってくださり、私は講演会後にフランス語でお礼のメールを送りました。
このようなきっかけで、自分とは遠く離れた信仰という世界で生きる方とつながれたことも嬉しかったです。
そして今日、前回とは別の神父様が来日して講演をしてくださりました。
今回はグレゴリオ聖歌とガリア聖歌について。

ガリアとは…フランスがまだフランスという国として成立していなかった頃の、現在のヨーロッパ西部を指す地名です。
今日の講演の主題は、「フランス」ではなく「ガリア」という地で生まれた聖歌がどのように発展したのか、そしてそれがどのような経緯を経て現在歌い継がれているグレゴリオ聖歌に至ったのか、というものでした。
感想としては以下のふたつ。
ひとつは、グレゴリオ聖歌というひとつの文化を通してフランス(中世)史を見る、という試みがとても新鮮だったということ。
世界史の教科書で書かれているフランス国の成立やカトリックの国教化を、グレゴリオ聖歌という音楽の変遷や発展を軸に見る…
これは初めての経験でしたし、このような視点で中世初期のフランスを見ることができるということは、それだけフランスという国とともにグレゴリオ聖歌が密接に関わりながら時を経て来たということです。
視点を変えるだけで、同じ歴史でも全く新しい側面が現れること。
歴史の解釈の多様性と可能性は無限であると改めて実感しました。
ふたつめは、グレゴリオ聖歌の生成当初の存在意義について。
9世紀頃には今日歌われているグレゴリオ聖歌の主要なものは既にまとまっており、12世紀頃から楽譜に記され始めたとされています。
それまではどうしていたか?
なんと、何世紀にもわたって口承されていたそうです。
もちろん楽譜や音符の記述法など、技術的発明を待たなくてはならなかったということもあります。
それ以上に私が惹かれたのは、口承されていたころのグレゴリオ聖歌の意味です。
グレゴリオ聖歌はそもそも「祈り」のひとつであり、音楽本来の娯楽という要素とは違います。
つまり、最も重要なのはグレゴリオ聖歌を通して行なわれる祈りという行為。
そのため、グレゴリオ聖歌の多くは作曲者や作詞者が分かっていません。
楽譜で記されるまで、修道士たちは全てのグレゴリオ聖歌を頭に記憶して歌っていたと…
パソコンに記憶を頼っている今日の私たちからは想像し難いことですが、そのぶん当時の聖職者の聖歌への思いというのは計り知れないほどのものだったんだろうな…と思いました。
また、そのような時代からの音楽が生成当初の存在意義を基盤にしながら今日にまで歌い継がれているということに改めて驚きを感じ、中世まで時空を越えた想像の旅をした気分になりました。
一時間半という短い時間でしたが、中世以前から伝わる音楽の世界に浸り、その神秘的な美しさや背景にある祈りの重みなどに思いを馳せることができました。
講演会後は、教授の方々と神父様との食事会にまで参加させていただき、貴重なお話をたくさん聞くことができました。
今日取り上げられたようなガリア生まれの聖歌は、今となってはとても少なくなってしまったそうです。
また、中世時代のようにラテン語のまま歌うということも少なくなってきたそう…
利便性や時代の都合で排除されてしまう文化があるというのは、古今東西変わらず存在する問題であり、そのような遺産をしっかり相続していくことが今を生きる者にとっての責任であると改めて感じました。



