
と言う事で申し訳ありませんが、このブログに掲載したいと思います。「仙台のおぁんつぁんは、これをまとめて、あくまでも自分の言葉で提出して下さい。これは参考までです」
「教育とは何か」 文字に注目して考える。
「教」・・・教える 「育」・・・育てる
「育てる」だけを考える。これの読み方は「そだてる」です。「育てる」を異なる漢字で表現すると、「素立てる」となりますね。要するに、その人の持っている「素質を引き立たせる」 内部にある素養を磨くと言う事です。
「育」は別な読み方をすると、「育む」(はぐくむ)ですよね・・・
異なる漢字で表現すると、「羽包む」になります。
ここで判りましたね・・・ 写真は「雛が親鳥から餌をもらっている時のもの」と考えて下さい。
親鳥は卵から雛が孵るまで、例え自分が空腹だったとしても交代で卵を温め続けます(羽で卵を包み温める)。卵から雛が孵った後も「せっせと餌を運び続けます」 外部からの敵などの攻撃もあるでしょう・・・ その時は敵を追っ払います。
やがて雛が、見かけが親鳥と変わらない状態になった時、早く独り立ちできるように・・・
飛び方も教えます。巣からなかなか飛ぼうとしない子供には口ばしで軽く突いたり、自分の体で押して
反強制的に巣から飛び立たせます。そして、何度かこれを繰り返している時にうまく飛べるのです。
本当に上手く飛べ、親が独り立ちできると判断した時に「もう二度とここには来るな」と言う動作をして巣の中には入れさせません。
以上の事をまとめると完成できると思います。要するに出来るまでは強い愛情を持って接し、幾らか出来る様になれば「自分で考えさせる余地を持たせる。」と言う事ですね・・・
あと「練習」と言葉も入れてね・・・ 「練習」は2通りの意味があると私は思います。
1つは普通の「練習」です。習った事を練度があがるまで繰り返して行う事
2つ目は「錬修」です。これは、練習などで培ったものを「更に鍛え、自分のものにする」と言う事です。
詳しくは15年位前に「私が朝礼で言った言葉」を参考に・・・ もう忘れたかなぁ~ 「この木何の木の話」 この話は「教育を受ける人の心構え」についての話でしたが・・・
では、もう一度だけ
大草原の野原に無名の大木が立っている。強風や動物達の攻撃にもびくともしない木である。負けん気とやる気でその場を耐え、なに糞と言う物を肥やしにし、すくすくと育っているのである。
その木はやがて秋になると実を付けるのである。充実、確実、誠実と言う実を・・・ 実り多き秋である。
「仙台のおぁんつぁん 頑張って完成させてね・・・」
この文章をご覧の方、昨日に引き続き「私の独り言」と言う様にスルーして下さい。最後まで読んで下さった方は「ご清聴ありがとうございました」 今度は自分の課題を考えよっとぉ~