幼稚園から福岡市で育つ。あまり口数も少なく、どちらかというとシャイな子供だった。よく病気をしていたイメージが残っている。地元の小学校に行き、それなりに友達も出来た。私の小学校時代は、お誕生日会!というものが盛んなときだった。友達の誕生日会に呼ばれ、プレゼントを準備して、誕生日会で食事をして、帰りにお土産をいただいて帰ってくるというスタンス。でも、私はいつも呼ばれる側で、私の誕生日会というものは一度もやったことがなかった。その理由は、、我が家は超がつくぐらいの貧乏だったからだ。家は、借家で6畳と3畳の2部屋、お風呂は家の中にはなく、外にあり、冬はお風呂なのに寒くて寒くて。トイレは汲み取り便所。外にあるお風呂場の後ろには薄いベニヤ板があり、その裏には大家さんが飼っているニワトリがたくさんいた。我が家には、目覚まし時計は不要だった。ある夏の日の夜、家族でスイカを食べていたら、突然 部屋の天井が落ちてきた。私は、、、唖然としたのを今も、鮮明に覚えている。だから、、我が家には友達を呼んだことがなかった、、呼べなかったのだ。