今日は節分。
今年は、日本人として暦の過ごし方を考えてみようということで、食事も節分らしく。
やっぱり豆まきと、恵方巻きはやろう。
柊鰯が手に入らなくて残念。
築地に行けばあったかなぁ…。
けんちん汁と鰯の梅煮を作って、福茶もしてみよう。
私、鰯料理を作ったことがない。
お魚、三枚におろしたことがございません。
昨日、お刺身で食べられる程新鮮な朝取れ鰯が一盛り100円で売っていて買う時に「あのー…。内臓の処理してもらえますー…?」って、恐る恐る聞いてみたら「これは勘弁してくださいよー」と勿論言われる。
はい…。
解ってます…。
周りのおばさま達の「最近のママはこれだから…。」的な視線も、しっかり受け止めております…。
…よし!
頑張ってチャレンジだ!
「おっちゃん!鰯、買います!!」
昨日の夜、お友達のおうちにいるときから鰯の下処理を考えただけでなんとなくブルーな私。
一盛りの半分を友達に押し付けた(笑)
そして、ネットで処理の仕方を調べて「包丁を使わない方法」でやってみた。
超、雑。
私、外科医には向いてないかも。
(雑とかの前に、全てにおいて外科医は無理だけど。)
私のお婆ちゃんが、よく一匹ずつ手で裁いてお刺身にしてくれてたなぁ。
美味しかったなぁ。
お台所の流しに手をかけて、つま先立ちしてお婆ちゃんのその作業を見てたっけ。
(その割にはやり方とか覚えてない。)
いつかまめにも教えてあげよう。
鰯を手で下処理する方法。
お婆ちゃんとの思い出と共に。
しかし…。
なんとも、この…。
鰯の身の感触が…。
でも…。
この感触を経験させることで、「他の命をいただいて、自分の命がある」ということを実感するんだろう…。
少なくとも、私は鰯の身の感触が、鰯の筋肉にしか感じられなくなってきて、リアルに命をいただくということを実感した…。
食育の意味をひしひしと感じた2014年。
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