【小説】夜のお茶会 | 石読みと人間観察ラボ

石読みと人間観察ラボ

天然石を愛で、石読みで誕生した
クライアント様の魂に呼応する
マクラメ編みオリジナルブレスレット等をお届けいたします。

 ホテル宴会勤務時の制服は二種類ある。
一つは配膳時のワンピース。
もう一つは、ワンピース姿の従業員を取り仕切るタキシード。

 二十二時を過ぎて、緊張した空気が少しばかり緩んだように思った。
仲間はみんな業務を終え、ざわめきとともにロッカールームへと向かっていく。
皆とすれ違いざまに軽口を叩き、私は次の宴会場へ向かう。

 月光の間は宴会場が密集している大広間とは離れた場所にある。
奥まった細い通路を通って行く少し隠れ家的な趣のある部屋で、
壁がガラス張りであることと床が木の板で作られていることから、
婚礼はもちろん、昼間の昼食会やダンスパーティーなど幅広く利用でき、人気のある部屋だ。

従業員入口から中に入ると、チーフの柏崎が手配書を読んでいた。
夜勤組が黙々とテーブルを組み立てている。私は目があった夜勤組のリーダーに軽い会釈を交わした。柏崎チーフが私に気づく。
「あれ、ちゃんと来たんだ」
「失礼な。私がサボるとでも思っていたんですか?」
彼は堪えきれない笑みを目じりに滲ませた。
「笠原に聞いたよ。練習用のキッシュにつられたんだって?ずいぶんと食い意地がはってるんだねぇ」
「あんのくそコック・・・」
笠原はこのホテルの総料理長だ。仲が良くて私によく料理のスペアで残ったものとか、試作品の料理を食べさせてくれる。今回夜中の宴会に私が入れたのは、彼の口利きのおかげでもある。夜勤の仕事は通常女性はさせてもらえない。

「簡単に説明すると、今夜の宴会は毎年恒例の
昼の同窓会の延長のようなものだね。ちょっとしたお茶会だから、食べ物や酒は原則出ない。お菓子と暖かい飲み物を用意して。ジュースや軽食などのイレギュラーはルームサービスから頼むことにしてある。多分ないとは思うけどね。セルフサービスだから、
僕らの基本的な仕事は、ドアの前後で立って様子を見ていることくらいだね。以上。とりあえず動いて。あ、それと着替えてきてね」
「え、タキシードですか?」
「一応かしこまっておいで」

コーヒーと紅茶の準備を済ませ、キッチンの専用冷蔵庫の中からデザートを持ってくると、
ロッカーにもどって服を着替えた。

仕事の準備を簡単に済ませられるのは、実はチーフの采配によるところが大きい。
私が時間内に言われたことをこなしている間、笠原チーフは2、3の部屋の椅子や机の準備を完璧に仕上げている筈だ。

すべての準備が整った頃、笠原チーフは悠々と戻ってきた。
「あれ、もう準備できちゃった?」
「当たり前じゃないですか」
「明日の宴会の準備は?」
「えっ!?言われてないですけどやらないとだめですか?」
「当たり前じゃないですかぁ~。ってまぁそれは冗談として、今が1時20分。
1時半開演2時スタートで4時までだから、もうすぐ来られるね。ドアの前で待機しててくれる?」
「うわー、丑三つ時まっただ中な時間帯ですね」
「・・・まぁね」

 ドア前で待機して程なく、お客様方が現れた。
上品にお年を召された方々だ。男性も女性も派手すぎず、しかし高級なお召し物をさらりと着こなされている。穏やかな表情をされていて目が合うと微笑みながら軽い会釈をされた。このような空気を壊さずに密やかに話す術を、どこでどうやって身に着けるのだろう。椅子引きをしながら、そんなことを考えていた。

総勢十三名の真夜中のお茶会は薄暗い場内でひっそりと行われた。
各々が長テーブルの椅子に着き、時々席を離れては、好きなようにお喋りをするだけの会。
この会は毎年行われているらしく、飲み物の変更もなく、ただ、ささやかなお喋りを眺めているだけの時間が過ぎて行った。

 1時間ほど経っただろうか。柏原チーフに呼ばれ、私は裏へと回った。
鼻先にほのかにチーズが香る。彼はすでに一切れ頬張っていた。
「ほら、総料理長からの差し入れ。スモークサーモンとドライトマトとバジルって言ってたよ」
「遠慮なくいただきます!って途中なのにいいんですか?」
「うん。ずっといても邪魔になるしね。何か変わったことはなかった?」
総料理長の作ったキッシュは口に含むとひやりと冷たく、チーズに混ざり合ったサーモンやトマトの酸味と甘みがバジルのさわやかな香りと絡み、咀嚼するごとに柔らかく蕩けていった。
「変わったこと・・・強いて言えば、話し声が増えていたくらいですかね」
「・・・君、そういうのわかる人?」
「たまにですけど。総料理長がなんか言ってました?」
「去年担当していた子がバッチリ見える子でね。パニックを起こして他の夜勤に言いふらしたもんだから簡単な仕事だけど夜勤でやりたがる子がいなくてね。全くそういう感のない子か動じない子が欲しいって言ったら君が来たというわけ」
「なるほどね。柏原チーフは見えるんですか?」
「君と一緒で波長が合う合わないはあるけどね・・・。同窓会の、先に逝ったメンバーが来ているみたいだよ」
「へぇ・・・」
「こういった年配の方の同窓会ってね、最初の挨拶で今年亡くなった方の名を呼んで偲ぶところがあるから、呼ばれてしまうんだろうね」
「それで誰かが丑三つ時にお茶会なんてやろうとしたんですか?」
「わからなくはないよ。この世とあの世の境目が一番あいまいになるなんて言われてる時間帯だろ?もしかしたら会えるかも?なんて思いながらお茶会をするなんて、ちょっとしたファンタジーだと思わない?」

わからなくも、ない。死を偲ぶ気持ちも、また会いたいと思うのも。
ただ、まだまだ厚みの足りない人生観を鑑みても、この方々の思うところまで到達なんてできやしない。タキシードを着て気持ちに寄り添ったようなつもりになって、真摯にふるまうことくらいしか今の私にはできない。

「とりあえず今は、帰って寝たいです」
そういうと柏崎チーフは目を細めて笑った。
「若いねえ」

闇にいるのが切なくて。

キッシュを頬張り咀嚼しながら、太陽が昇るのを待った。
私は数時間あとにくる空が白むタイミングが、恋しくてたまらなかった。


終わり。