「実は私、妊娠してたんだ。」

 

 

 

 …おめでとう、と、私がお決まりの言葉を口に出そうとしたその時、希子さんは続けた。

 「でもね、悲しいことがあったの。」

 「えっ?」

 「安定期に入ったから問題ないはずだったんだけど、破水しちゃって、病院に運ばれたんだよね。何かそのとき、急に、もうだめかもしれないから、赤ちゃんをおなかから出すしかないって言われたの。」

 初めて聞く話だった。

 「それでなんとか、赤ちゃんが出てきて、保育器に入れられたんだけど…。赤ちゃん、生きることはできなかった。」

 

 

 

 びっくりした。朗らかでいつも笑顔をたやさない、みんなを引っ張っていくような強い希子さんに、こんなことが起こっていたなんて…。

 

 

 

 「杏莉にも私、よく『子どもがほしい』って言ってたと思うんだけど、私の子どもは生涯あの子だけって思える。もちろんすごく悲しかった。でも、同時に、もう充分、子どもを持つという幸せを味わわせてくれた。だからもう、この先、子どもを望もうとは思わないんだ。」

 希子さんの話しぶりは淡々としていたけれど、どこか慈愛に満ちているような感じだった。一体、どれだけ悲しかっただろう…。おそらく、会っていない期間に、深い絶望や悲しみの日々があったはずだ。私みたいに、不安で夜が眠れなかったり、涙を流したりすることもたくさんあったと思う。

 

 

 

 きっと、希子さんは、敢えてこの話を人にしていくことで、絶望や悲しみに区切りをつけ、とにかく動き出すことに決めたのだろうと思った。

 

 

 

「もう子どもは望まない。」

 

 

 

希子さんらしい決断だと思った。

 「聞いていて楽しい話じゃないと思うけど、聞いてくれてありがとう、杏莉。」

 帰り際、希子さんはそんなことを言った。いつもパワフルでラッキーな希子さんは、物事を深く考えたりしないだろうから、悩みごとなんてないんだろうな、とうらやんでいた自分が恥ずかしかった。

 

 

 

 不謹慎かもしれないけれど、正直、私は、これを聞いたとき、「私だけじゃないんだ」と、目が覚めるような思いだった。

 

 

 

 「どうして、私が…。」

 

 

 

 最初にクリニックを受診して以来、私はずっとそう思っていた。世間の多くの人は、心身ともに健康に毎日を楽しんでいるのに、どうして私にだけこんなにひどいことが起こるのだろう、と。

 私にだけこんな罰みたいな試練を与える神様は意地悪だと思っていた。そして、試練を与えられていないほかの人たちだっているというのに、こんな仕打ちは「理不尽だ」と強く思っていた。

 

 

 

 だけど、希子さんだって、おんなじだ。

 だからきっと、誰だっておんなじなのかもしれない。

 

 

 

 わざわざ言わないだけで、誰にだって、生きていくということにおいてそれぞれの試練があるし、心のうちにはその苦しみや葛藤がある。人に見せないだけで、実は静かに、闘っているんだ!

 

 

 

 「どうして自分だけ」という考えは捨てよう、と思った。希子さんは向き合った。今度は私の番。

 持ちこたえろ、私。

 

 

 

 

 

 

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