描いて楽しい、見て楽しいイラスト満載の『Pさんちのブログ』 -97ページ目

「生い立ちの歌」


『生い立ちの歌』


幼年時
私の上に降る雪は
真綿のやうでありました

少年時
私の上に降る雪は
霙(みぞれ)のやうでありました

十七-十八
私の上に降る雪は
霰(あられ)のやうに散りました

二十-二十二
私の上に降る雪は
雹(ひょう)であるかと思はれた

二十三
私の上に降る雪は
ひどい吹雪とみえました

二十四
私の上に降る雪は
いとしめやかになりました・・・

私の上に降る雪は
花びらのやうに降ってきます
薪の燃える音もして
凍るみ空の黝(くろ)む頃

私の上に降る雪は
いとなよびかになつかしく
手を差伸べて降りました

私の上に降る雪は
熱い額に落ちもくる
涙のやうでありました

私の上に降る雪に
いとねんごろに感謝して、神様に
長生きしたいと祈りました

私の上に降る雪は
いと貞潔でありました



$pさんちのブログ。-中也「生い立ちの歌」

「汚れつちまつた悲しみに・・・」


『汚れつちまつた悲しみに・・・』


汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる



汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の革裘(かはごろも)
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる



汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠(けだい)のうちに
死を夢む



汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気(おぢけ)づき
汚れつちまつた悲しみに
なすところもなく日は暮れる・・・



$pさんちのブログ。-中也「汚れちまった悲しみに」

「骨」


『骨』

ホラホラ、これが僕の骨だ、
生きてゐた時の苦労にみちた
あのけがらはしい肉を破って、
しらじらと雨に洗はれ
ヌックと出た、骨の尖(さき)

それは光沢もない、
ただいたづらにしらじらと、
雨を吸収する、
風に吹かれる、
幾分空を反映する。

生きてゐた時に、
これが食堂の雑踏の中に、
坐ってゐたこともある、
みつばのおしたしを食つたこともある、
と思へばなんとも可笑しい。

ホラホラ、これが僕の骨―――
見てゐるのは僕? 可笑しなことだ。
霊魂はあとに残つて、
また骨の処にやつて来て、
見ているのかしら?

故郷の小川のへりに、
半ばは枯れた草に立つて
見ているのは、―――僕?
恰度(ちやうど)立札ほどの高さに、
骨はしらじらととんがつてゐる。



$pさんちのブログ。-中也「骨」

「サーカス」


『サーカス』

幾時代かがありまして
 茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして
 冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして
 今夜此処での一と殷盛(さか)り
  今夜此処での一と殷盛(さか)り

サーカス小屋は高い梁
 そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒(さか)さに手を垂れて
 汚れ木綿の屋根のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

それの近くの白い灯が
 安値(やす)いリボンと息を吐き

観客様はみな鰯
 咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

屋外は真ツ闇(くら)闇の闇(くらのくら)
夜は劫々更けまする
落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルヂアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん  



$pさんちのブログ。-中也「サーカス」

「夏の夜に覚めてみた夢」


『夏の夜に覚めてみた夢』


眠らうとして目をば閉ぢると
真ッ暗なグランドの上に
その日昼みた野球のナインの
ユニホームばかりほのかに白く――

ナインは各々守備位置にあり
狡さうなピッチャは相も変わらず
お調子者のセカンドは
相も変わらぬお調子ぶりの

扨(さて)待つてゐるヒットは出なく
やれやれと思つてゐると
ナインも打者も悉く消え
人ッ子一人ゐはしないグランドは

忽ち暑い真昼のグランド
グランド繞(めぐ)るポプラ並木は
蒼々として葉をひるがへし
ひときはつづく蝉しぐれ
やれやれと思つてゐるうちに・・・・・眠た



$pさんちのブログ。-中也「夏の夜に覚めてみた夢」