変えることは難しい | たんぱつおやじのパチンコ雑記

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甘デジをメインに稼働しています。正攻法を身に付けてから、仕事の傍ら毎年1000Kほどの収支を残せるようになりました。


あまり大したことは書けないのですが、何かしら参考になれば嬉しいと思ってます。

前回の休みは出撃したものの、釘を読み間違えて屈辱の期待値マイナス…


「あれ?もっと回るはず」と思いながら、10Kも無駄金を使ってしまいました。


偉そうなことを書いてはいますが、僕もまだまだです。


仕事が忙しくてヘロヘロなので、「しばらく休みは大人しく休もうかな」と思っています。


とか言って様子を見に行って、打てそうなら打ってしまいそうですが。


さて今回は真面目な話です。


「生きることは変わること」
某新世紀なアニメで、金髪で泣きぼくろの「E計画開発責任者(だったっけ?)」の三十路な方がのたまった台詞です。


「現状が駄目なら、やり方を変えればよい」というのは、誰でも分かることです(僕も含めて)。


でもこれが中々難しい。


原因は色々あると思うのですが、僕が考える主な原因は二つです。


一つ目は、
「固定観念を覆すのは難しい」
ということです。


人は主に自分の経験則に基づいて、判断したり行動したりします。


「これで上手くいったことがあるのだから」
と、自分のやり方に固執しがちです。



特に僕みたいな「おっさん」みたいに、年齢を重ねてそれなりに経験を積んでいると、他人の意見を素直に傾聴できなってしまいます。


「やり方が間違えている」から上手くいかない筈なのに、
「今回は偶々だ。次は上手くいく」
と思ってしまうんですよね。



二つ目ですが、こちらの方が占める割合はでかいと思います。


それは…







「面倒臭い」からです(笑)



一部の勤勉な方々を除いて、
「楽して良い思いをしたい」
と考えるのが普通だと思います(当然僕もそうです)。


しかし、現実は残酷です(笑)
仕事だろうが、勉強だろうが、楽して成功を得ることは滅多にありません。


「この方がずっと良いから変えた方が良い」
と分かっていても、大体が今の自分の方法より「面倒臭い」ものです。


結局は、
「分かってはいるんだけどね。また機会があったら」
と自分に言い訳をしながらやらず終いになってしまいます。


はや○先生の
「今でしょ!」
ではないですが、今出来ることを今しない人は、結局やることはないでしょう。


まぁ、こんなパチンコのブログを書いてるくらいですから、僕もそんなに勤勉な人間ではありません。


幸い(なのかなぁ)なことに、パチンコに関しては「負けることが悔しい」という思いをモチベーションにして、ガラッと変えることができました。


何でこんな話題かというと、以前話題に挙げた同僚が、二言目には
「でも、今までは~だったから」
と言い続けるからです。


実際に負け続けていて、
「勝ちたいから、方法を教えて」
と言いながら、口にするのは「でも」ばかり。


結局は「勝ちたい気持ち」が「面倒臭いことは嫌!」という気持ちを上回っていないのでしょう。



どんな方法を採ろうが、それは個人の自由だから、
「好きにすればいいんじゃない」
というのが正直な気持ちです(嫌いな人ではないから、聞かれれば答えますが)。


ただ、自分で選んだ方法に伴う結果には、自分で責任を負うべきです。


他に責任転嫁するべきではないのですが、それが難しいんですよね。


僕も根は怠惰な駄目人間ですが、パチンコの結果は素直に受け止めています。


パチンコを止めるまで、そこだけは変えたくないものです。