環境と、音楽
どうせなら音楽一家に生まれたかった。環境が人格を創りあげる。
環境が才能を育てる手助けをする。
環境が全てを形作るのである。
と考えてしまう。
そうなのだ。
いくら幼き頃から始めたといえ、まわりが固定観念に縛られた、というより偏った環境であれば、
伸びる芽は阻まれ、
張る枝は切り取られ、
光を求め開く葉はさえぎられる。
かも。
よくわからない比喩です。
つまるところ。
せめて音楽は自由でいたいもの。
才能有る無しに、そんな理屈抜きに、
“ナチュラル”なサウンドを奏でたい。
“ナチュラル”に生きたい。
格好つけない、自然体、ありのまま、裸、真っ白、
音楽は息を吸うかのごとく、息を吐くかのごとく、そう“呼吸”である。
命有るものは呼吸なくして生きることは出来ない。
「音楽というものがこの世から消えるとしたら、それはボクの存在価値、つまりボクの消滅をも意味するね」
とか言ってみたい。
まあ、戯言ですが。
いつもいつも、よくわからない恥ずかしい稚拙な文章を呼吸するかのよう、気負うことなく“ナチュラル”に紡ぎ上げてます。
ああ、恥ずい(/ω\)