彼の年表の最後のほうには、何も書かれていなかった。
1980年代以降は、新しいものは何も生み出されていないんだ。
すべてのものは新しいように見えて、古いものの形を変えて使いまわしているだけなんだ。
(彼と同じこと、言わないで)
みんなに混ざって静かに話を聴きながら、私はそう心の中でつぶやいた。
私たちが今生きている世界を否定されているようで、悲しかった。
本当はうっすらわかっているのに、認められなかった。
天才はどうして、人の見えないものが見えてしまうのだろう。
誰かに話してもわかってもらえない。だから心の中はいつも孤独で。
子どもの、物心ついたときからずっとそうだから、
ひとり集団から心だけを切り離して過ごす。
ずっと、そうやって生きてきた。
人の考えていることなんて大体わかるから
相手やその集団が求める立ち振る舞いをそつなくこなして、
必要であればリーダーシップを取ったり、笑いを取ったり、関係ないふりをしたり、する。
人に求められもするし、認められもするし。
だけど、寂しい。
本当はあれもこれもそれも、自分にとってとても大事なことを話したい。
だけど、それが人にまったく理解されないってことを、長年の経験から熟知している。
それを出すときは、人にわかりやすく、人に受け入れられやすい形にする。
細心の注意を払いながら。
それなりにウケる。でも、自分にとっては何かが違う。
なぜだろう。いつも私は見つけてしまう。
強く共鳴してしまう。
相手もそうなのかな。
彼も、天才だったんだろう。
発揮する場所がうまく見つかっていないだけで。
私はどうしようか。
明日、手紙を出そうか。
