どうしてもイライラする人がいる。
相対すると心穏やかでいられない人がいる。
私はあるあるです。日常茶飯事です。
ただ、今日の合気道であった「気にいらない」は、ちょっと考えさせられるものでした。
合気道は、基本動作(型)を繰り返し稽古します。
攻撃を仕掛ける「受け」と、受けを制する「投げ」がペアになって、何度も稽古をするのです。
最近、合気道を始めたAさんという方がおりまして・・・
そのAさんと稽古すると、ワタクシどうしても「気に入らない」が、ずんずこ溜まるのです。
Aさんが受け、私が投げをやる時、なんだか異常にかかりが悪い。なんだかAさん棒立ちしてるみたいに感じる。
Aさんに拒絶されているように、シャットアウトされてるように感じるのです。
でもまぁ、Aさんがどういう意図かは分からないし。
大事なことは、自分が稽古を重ねていくことだし。
そんなふうに思いつつ、なんだか原因がよく分からない「気に入らない」を溜め込みながら稽古していました。
ただその後、とある話を聞いて、ちょっと考えさせられたのです。
ペアを変えて、Aさんと稽古していた別の人が、
「Aさん、力入れすぎ」と言っていたそうなのです。
はて・・・?
Aさんは確かにガタイ良い。
だけど、私と稽古する時は全然力入れてなかったけど・・・
何かピンときました。
あぁ・・・なるほど。
「舐められてるのか? コレ?」
そう思った途端、呼吸がどんどん浅くなってくる。
おっとと・・・いかんいかん。思考が暴走しかけている。
一旦、離れよう。
さて。
いくらか落ち着いた上で、思ったこと。
あぁなるほど。
「下」に見られるのが嫌だったのか、ということ。
プライドが高いともいえるのかも。
ホラ、嫌いな相手にムカつく点は、自分にも通じるものがあるって言うし。
湧いてくる感情の根っこは自分が持っているものだし。
そういうことなのですよ、きっと。
それに、プライドが高いこと自体は問題あるわけでもないし。
自分のことを振り返ると心当たりもあるもの。
自己否定強かったし。
天秤に例えてみよう。
天秤の片側に自分下げが乗っている。
すると天秤の釣り合いを取るために、反対側に何かが必要になってくる。
時にはそれがガマンだったかもしれない。
時にはそれがプライドだったかもしれない。
それだけのことなのだ。
そんなふうに、必要だからプライドがあった。
ただそれだけのことなのではなかろうか。
ただね。
プライドは取り扱い要注意とも思っている。
例えば、相手に勝つことで、自分のプライドを満たそうとしてしまう・・・とかね。
Aさんがどう思っていたかは分からない。
そこは正直、分からないままでいいと思っている。
だって、人が内心どう思っているかは、自分にどうにもならないことだから。
自分にどうにもならないことは、どうにかしようとしないのが吉。軸が整う。
そして、フォーカスしていくのは、自分にどうにかできること。
すなわち、Aさんと稽古して、思考が暴走して軸がブレている自分。
では、具体的にどうするか?
Aさんを尊重するのなら、当然、自分も尊重しましょう。
「気に入らない」
それは、過去の思いの積み重ねから来るもの。
そんな一面もあって当然。
否定しない。
「理想の自分であろうとする」
社会的にいい自分。オトナな自分。イイ対応をしている自分。利他とか感謝とか。
そんな一面もあって当然。
否定しない。
過去の思いを否定せず、できるだけ理想の自分であろうとしている。
だから、今のままでいいのだ。
ちゃんと、できるだけやっているのだ。
なので、自分の意識を外から自分に軸に戻ろうとする。
ただそれだけでいい。
ただ呼吸に戻ろうとする。
あ、無理。
今日は無理。
全然、収まらないわ(笑)
まぁそんな日もあるよ、うん。
それならそれでいい。
呼吸に戻ろうとする。
だけど、無理なら無理でいい。
ちゃんと無理として扱う。
モヤモヤが多いのでだから、吐き出す動きをする。
ただそれだけのことだ。
なら、気の置けないお友達とおしゃべりよう。
好きな音楽でも聴きながら、柔軟体操するのもいいな。
あ、夕食になんかおいしいもの買ってこっと。
