オッジです。
ここ最近、祖母や祖父がぞくぞくと認知症になっていきます。
記憶に終りがあるって悲しいですよね。
でもモノの全てに終わりは来るので、どう終えるかを考えて生きていきたいですね。
私は祖父母に育てられたので、おじいちゃん、おばあちゃんが私の名前を忘れてしまうことが切なくてなりません。
寂寥感というか、ほんとに儚さを嘆いていました。
そんな思いで、曲を作りました。
『記憶』作詞作曲 オッジ
(1番)
思い出すよ。ひどく冷えた冬の日に。
忘れないよ。異国の離れた母を。
月がとても眩しいよ。目をつぶっても移る
その残像がゆらゆらと霞む。
鮮明な声でその名を呼んでも、きっと返事は来ないだろう
でもいいんだよ、こだまがちゃんとやさしく伝ってくる。
どうしても思い出せない時には、過去がゼロになってしまうけれど
大丈夫だ、僕の中には100まであるから。
目の前の景色が受け取れない時は、「忘れる」の意味を再定義してみよう
大丈夫さ。忘れることは寂しくなんかない。
(2番)
耳を塞いでいた。母が怒るときはいつも。
でもちゃんと出てくる、ご飯はいつも暖かい。
永遠を疑い、案の定、終わるんだねんだね。
終わるから続けることをはじめなきゃね。
好きだったものを言い合えること、共通のかけらがあること。
普通だけど、普通じゃないよ、それにちゃっと気づけた。
忘れちゃうという自然現象はいまにはじまったことなんかじゃない
覗こうよ。昔話を真っ赤な夕日と。
宝物だった人形の汚れと傷の表情で伝わる
大丈夫だ、忘れるから、ちゃんと残すんだ。
でも今はどうしても、普通の普通が愛しくて、どうしようもない。
どうしても思い出せない時には、過去がゼロになってしまうけれど
大丈夫だ。僕の中には100まであるから。
忘れることは切なくても、記憶に賞味期限があったとしても
大丈夫だ。手の温度が一緒だから。
近日、曲も公開します
ご覧いただきありがとうございました。
記憶を無くすってことは一見寂しいものだけど
・忘れたり
・終焉がある
からこそ、尊く感じれるんだって心から感じました。
そもそも永遠なんて信じてはいない質ですが、「無くす」ってことは目を背けたい時もありますね。
実はもう、楽曲も仕上がっています。
近日Youtubeで公開しますね♪