ここのブログも終わってしまうんですね。

娘と離れ離れになった最悪の時期から今日まで、読み返してみるとその時々の感情が蘇ってきます。
ちょっと泣いちゃったりしてね(苦笑)

さてさて、今年も行ってきました。茨城・瑪瑙採集旅行。今回は2泊で。
来年は受験生ですからね。お父さんの遊びに付き合わせるのも悪いので(笑)今年が最後かな。
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最初に行った時娘はまだ小2。
別れ際に父に抱きついて「いやだよー!帰りたくないよー‼」と泣きました。

でももう中2。泣きもしませんし、なんか言うと
「......ふん」と冷たい目をして無視することもありますな。

思春期の女の子は難しいですね。だけどこれも成長。
そんな成長を身をもって見て感じることができて本当にありがたい事です。

普通の?親子なら当たり前かもしれませんが、我々のような状況に置かれてる者にとってはね。

今回は瑪瑙採集も目的でしたが、流木を集めての焚き火と焚き火料理も大きな目的。
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チキンとシメジのホイル包み焼き、焼き玉ねぎ、焼き林檎、焼き芋、、、どれも美味しくて娘は「今日はデブ活解禁!」なんて言いながらパクパク食べてくれました。いくつになっても我が子がたくさん食べてくれるのは嬉しいものです。

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これまでこんなブログを訪ねてくださったりコメントを頂いた皆様。本当にありがとうございました。

弱気になった時に「一人じゃないんだ」と、また再び立ち上がる勇気と元気をもらいました。

新しい元号の令和が皆様にとって少しでもより良き方向に進みますように心から祈っております。

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」またいつかどこかで!
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ちなみに娘は先月一緒に整えた我が家の自分の部屋でまだ寝ております(笑)

あの部屋は元々娘の部屋でしたが、いなくなってから物置になっていて、
ちゃんと照明がついたのは7年ぶりの事でした。
今日は雨でどこも行かず家でのんびり。

もう黙っていても宿題はしてくれるし、洗濯を畳んでくれたり食器を揃えたりなんかのお手伝いも普通にしてくれる。

あと、昼間リビングで話してて俺が眠そうにしてると「二階で昼寝してくれば?」とか言ってくれちゃったりする。

女の子は優しいし手がかからないねぇ。。。って男の子いないからわかんないけど。

今日の晩御飯は娘のリクエストのガパオライスと野菜ゴロゴロミネストローネ。

今日もたくさん食べてくれましたよ(^.^)

残念ながらお母さんはいないけど、極めて普通で平和な家族の休日。

娘もなんだかウチに来ると普段の家とはまた違った面白さと解放感があるみたいで、見ていてわかるくらい伸び伸びウキウキ楽しそうにしてる。

離ればなれになってから色々悩みながら手探りで父娘の関係を探ってきたけど、そんなに間違ってなかったかな、なんてあらためて今日は思ったよ。

さて明日は何を作ってやろうかな。

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娘が遊びにきたある日の会話より

父「もし好きな男の子が出来たら連れておいでよ」
娘「うーん」
父「いやなの?」
娘「イヤじゃないけど、、、」
父「イヤじゃないけど?」
娘「結婚するかどうかもわからないのに連れて来れないよ」
父「。。。。」

娘は小学六年生。
まだまだ結婚なんて考えなくても良いんでないの(笑)

あの時からは信じられないけどもう普通に会えてます。
メールも電話も誰に気兼ねする事もなくごく普通に出来ている。
いまは父の仕事が忙しくて、こっちから今週はダメなんだ、と断る事も有るくらい。

今年の夏休みも京都の実家へ行って大阪新世界食べまくりツアー?とか
実家の母親や弟とみんなで奈良へ旅行に行ったり、琵琶湖で泳いだり釣りをしたり。
9日間ずっと一緒でした。

娘も小学6年生。もうすっかりお姉さんになりました。
もしかして今年がこうやって遊べる最後かもしれない。

娘も「そんな事無いよ。来年もパパと遊ぶ!」と言った後にぽつりと
「でも反抗期になるかもしれないし」なんて言ってたし(笑)。

ここまで来るには色々苦労や辛いことも有ったけどやっぱりあきらめない事だな。
そして折れそうになる心を奮い立たせる何か。
普通にしてても何も現状は変わらない。
心の病になってもそこから勇気と気力と闘争心で死ぬ気で復活して
着実に一歩一歩進む気持ちを絶やさない事。

仕事も頑張る。そして遊びも頑張る。
そんな姿を娘に見せる事が出来ていて、本当にいま幸せだ。

嘆いてたって何も変わらないし、人頼みなんてもっての他。
自分の事だもん。自分でまずなんとかしようよ。
こっちが耐えている以上に子どもはもっと耐えてるんだもん。
それでも頑張って毎日学校に行って日々生活してるんだもん。
お父さんは負けてられないでしょ。

こっちがあきらめた時にもう子どもとの未来は無くなるんだよ。
それで良いなら諦めてウジウジしてれば良い。
でもそれで良いの?それで子どもは救われるの?

ちょっとえらそうなこと書いちゃったけど、
まず自分自身の気力体力を整えて精一杯頑張ろうよ。
頑張らないと何も変わらないよ。
今年も行って来ました。
茨城県北部へ父娘メノウ採集の旅。


3月某日金曜日。
夜仕事を終えて娘を元妻の家へ迎えに行き、土曜日の朝8時前に千葉の自宅を出発。


東関道~圏央道~常磐道ルートで途中休憩をはさみつつ11時前に現地到着。


この日は雨まじりの曇り空。
しかし天気なんてお宝を目の前にした小学4年生女子には関係ありません。


長靴に履きかえて元気いっぱい、毎年最初に訪れる某橋のたもとにある河原へ一直線。

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去年も一昨年もこの場所でちょっと自慢できるメノウをゲットしているのですが、今年は状況がよくありません。

河原の上に枯れ草が大量に堆積し、あるはずの河原が見えません。

メノウ採集といっても基本は河原にある石ころの中から落ちているメノウを拾う表面採集。

その石ころが見えないと話になりません。すぐにこの場所を諦め場所移動。

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しかし、しかーし、どこも状況は同じで小さいのをいくつか拾っただけの地味な展開。

それでも娘は
「大丈夫!大丈夫!まだメノウに思いが伝わってないんだよ」
と根拠があるようでまったくない明るく前向きな発言(笑)

父はせっかく来たのに
「ちょっとしか拾えなかったら娘がかわいそうだよな」
と考えていましたが.娘の発言に「そうか、思いが伝わってないのか」と妙に納得。

初日の前半戦はこのまま地味な展開のまま終了。

さてさて本日のお昼ご飯です。

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お昼ご飯は予約を入れておいたイチゴ狩り!

実はここには去年も来たのですが、宿で朝ごはんを食べ過ぎて全然食べられず、イチゴ好き父娘が大変悔しい思いをしたのです。

今年は去年の反省を踏まえ初日に、それも朝ごはんをパン一個にして体調万全で挑みます。

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やっぱり採りたてのイチゴは甘くて美味しいです(^^)

娘も父もハイペースで摘んでは食べ、食べては摘みをまるで機械のように繰り返します。

それにしてもあれですな。
イチゴは大好きですがドンブリ飯3杯というわけにはいきませんな。

最初のハイペースはどこへやら。
いつのまにか娘はへたり込んで
「や、やばい、、、口からイチゴジャムが吹き出しそう」

イチゴジャム、、、君は言うことが汚いよ(>_<)ま、なんとなくわかるけどね。

今日の教訓。
イチゴ狩りは元を取るほど食べられない。

父娘の共通の意見として来年はイチゴ狩りは無しで。

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お昼ご飯にイチゴを腹一杯詰め込んだ父娘。
健康な胃が消化してくれるのをしばし待ってメノウ採集再開。

定番の場所が良くないので、河原に石が見えている場所を軒並み探ります。

どこも同じような状況ですが、かなり上流まで遡った場所で「スゲーのあった!」と娘が大きな白いメノウをゲット!

この川は赤いメノウが取れることで知られていますが不思議なことに、とある場所から上流は白いメノウばかり。その下流は赤白混合。1キロ程度しか離れていないのに明らかに取れるメノウの種類が違います。

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結局この日はたくさんの場所を回ったおかげでまずまずの量と大きさのメノウをゲット。

「くそーっ!メノウに思いが伝わった途端に時間切かよ」

なんて娘は男の子みたいな口調で話していましたが、まずまず満足してくれたようです。

17時45分,道具をしまって撤収。今夜の宿へ向かいます。

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この日は三連休という事もあり、水戸市内のいつものホテルが取れなかったので、勝田というよく知らない街のホテルを予約。

シャワーを浴びて晩御飯。この街にはたくさんお店もあるようですが、早起きして疲れちゃったのでホテルの地下にある居酒屋さんにしました。

席に座って早速娘と乾杯。

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お昼はイチゴでお腹にたまるものではなかったので娘は「美味~い!どれもみんな美味~い!」と食べる食べる。

よく知らない街の居酒屋さんで10歳の娘を前に一杯やるのもなかなか良い境地です。

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お腹も満たされ話題は娘の学校の話からファッションの事やお化粧の事。そしてとうとう10歳女子の考える恋愛の話へ。。。

普段離れている割に娘は父になんでも話してくれます。ただ正直面と向かって娘の恋バナを聞くのはちと恥ずかしいです。

適当に相づちしていたら娘はムッとしながら
「あのさ、人が真剣に相談してるのにその態度はないんじゃないの」
だって。

えーっ!相談だったのか。
父ちゃんはただのノロケ話だと思ってたよ。すんません(>_<)

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娘「ところでパパはバレンタインチョコいくつもらった?」
父「4つかな」
娘「ウチがあげたの一つでしょ、あとは?」
父「京都ばあちゃんと◯◯ちゃん(姪っ子)」
娘「、、、それで?」
父「それでって?」
娘「数が一つ足りません」
父「、、、いや、それで全部でしょ」
娘「、、、ニヤリ」

け、刑事の目になってるよ。

娘「正直に言えよ。ウソついてもバレるんだぞ!」
父「と、父ちゃんは酔っ払っちゃったなぁ」
娘「おいっ!(ドンッ)」
父「さぁて、お会計するかな」
娘「誰にも言わないからさ、だれからもらったの?大切な人?」
父「さぁて、、、」
娘「彼女?オンナ?」
父「、、、オンナって、、、」

こうしてよく知らない街の居酒屋さんの夜は更けていくのであった。。。

後編へ続く(笑)



FBより

(前略)
娘はつけ麺を食べている途中から咳が出て調子が悪くなり、しんどそうだった(>_<)

元妻が頼りにしているばあちゃんは熊本の実家。

元妻の帰りに合わせて娘を送り届けて少し立ち話。

明日午後から仕事の元妻は朝お医者に連れて行き学校を休ませます、と。

それが一番良いですね。
もし良ければ明日は夕方なら時間を取れるので夕食用に娘の食べたいものを買って届けますよ、と俺。

そのあとしばし車を走らせて高速に乗る直前に元妻から電話。

大変申し訳ないのですが、明日夕方から部屋に来て一緒に過ごしてもらえませんか?
娘も安心すると思いますので。

良いですよ、もちろん。我が子ですからね(-_^)安心してお仕事してくださいね。

それにしてもいかなる心境の変化か?

切羽詰まった末の結論かもしれんが、
俺ならあれだけ揉めた相手を不在時に家には入れたくないね。。。それが俺の心の狭さか、、、(後略)
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

先日の申し入れ以降、ありがたい事にとても上手くいっている。

巨大な歯車をなんとか回せば、後はしばらく自然に前に前に進むのか。

回し続けないといつかは止まってしまうのかもしれないが。

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(FBに記した投稿から引用です)

うれしい話。

皆さまご存知の通り、ワタクシ娘と離れて暮らしておりまして、まぁそれでも定期的に会ったり、うちに泊まりに来たり、週一回電話が出来たりはしているのです。

ただ会うのも電話も自由にはならないし、メールも公式にはダメだと言われてしまっていたのですな。

しかし昨年11月くらいから顧問の弁護士さんと諸々戦略を練りまして、その結果、娘が父に会いたいと思えば最大限その意思を尊重したってや!&電話もメールも邪魔や意地悪せんと自由にさせたってや、という事が昨日決まりました。

なんやそんなん普通やん!と思われる方もいるかもしれませんが、ところがどっこい違うんですな。

これまでだと、例えば今後母娘喧嘩となり、娘がワタクシの住まいに家出してきたとする。それはね、別居しているとはいえ我が子ですからね、当然受け入れますわな。

しかーし親権者である娘の母親が嫌な奴で(例え話ねw)子供を勝手に連れ去った、と警察に通報すれば、ワタクシ未成年誘拐犯として逮捕されちゃうんですな。親権者の認めた日時以外は会えないことになってますからね。

今の法律では最初に連れ去ったのはOKで、連れ戻すのは誘拐なんだって。実の親子なのに冗談みたいでしょー。でも冗談じゃないんだなー。

しかしその心配も一昨日まで。お互いに正式な書面を取り交わして「娘の意思を最大限に優先する」ということに決めましたからね。

これで娘は家出し放題ですね(笑)

突然娘と離されてから4年。離婚してから2年半。

耐えて忍んで苦しみながらも生きてりゃ良いことありますな。それに毎日苦しいわけでもないですし。

そういやぁ昨日も今日も娘はメールくれてます。

短いやり取りだけど父は嬉しいですな。さて今日も仕事だ頑張ろう💪
ずいぶんと放置してしまいました。

御陰さまで娘とは順調に会えております。

このお正月も娘は3泊して『父娘の時間』を堪能しました(笑)。


最近は娘の成長と、私の気持ちが落ち着いてきた事も有ってか

娘と私の交流もなんとなく第二ステージに突入した様な感じがいたします。

元妻との関係も娘の事に限っては揉める事もほとんど無くなりましたし。


またちょこちょこと去年の話や今後の娘との交流を綴ってまいりますので

本年も宜しくお願いいたします。


今日の夕方娘から電話がかかって来ました。

いつもは週に一度決められた時間に、

元妻か元義母の携帯でかけてくるのですが

今日は自宅から、自分一人の時にかけてきました。

だから元妻か元ばあちゃんの見身に何か有ったかと驚きました。


これまでの電話は元妻か元義母のいる時に

そのどちらかの携帯からかかってきていたので

娘が一人の時に掛けてきたのは初めての事でした。


話の内容として普通に雑談で急用でもなんでもありませんでした。

話していて感じた事は、

「ママがいないからチャンス!パパに電話しちゃえ!」

という感じでした。


私はこれまで相手が約束や決まり事を破っても騒ぎ立てず文句も言わず、

こちらは決められた事を愚直に守り続けて来ました。


電話に関しても本来は元妻か元義母がいる時に

そのどちらかの携帯からという約束になっているので

お迎えの到着時以外こちらから自宅に電話をした事もありませんし

週一度の決められた時間以外に電話をした事も要求した事もありません。


私と娘との交流はまずまず上手くいっていると思いますが、

いつ何時相手方がへそを曲げて交流を断たれるかわかりません。

ですから出来るだけ相手が拗ねないように、へそを曲げないように

下手に下手に、を心がけて来ました。


でもね、実際子どもが成長してくるとそんなの関係なくなりますね。

たぶんこれからも決められた時間以外でも

娘はパパとと話したい時に自分の意思で自由で電話してくるでしょうし

もう少し大きくなれば一人で電車に乗って、会社帰りの私と待ち合わせたり

来たい時に私の家まで遊びにくるようになるでしょう。


もしこのブログを読まれている方の中で

現在調停などで子どもとの交流について闘っている方。

どう着地点を見つけたら良いか悩んでいる方おられましたら

一つだけ言わせて下さい。


少ない時間でも会えていて親子の絆さえ繋がってさえいれば

離婚した両親がお互いの都合で決めた約束事なんか

子どもは数年でいとも簡単に突破します。

子どもは成長します。

成長するに従って子ども自身が自由にやりたいように行動します。

だからほんの少々の交流時間で納得がいかなくて同意出来ない方、

自分の要求が100%通らないから納得しない方、

取りあえず短い交流時間でも積み重ねて実績を作ればいかがでしょう?

そしてその積み重ねた実績からは一歩も引かず、

チャンスが有れば更なる上積みを目指していく、、、、


もう一度言いますが、会えてさえいれば、

そしてその時に明るい笑顔を子どもに見せる事が出来れば

きっと子どもさんはもっともっと遊びたい!もっともっと会いたい!

と感じてくれると思うのです。

その思いを子どもさんがずっと持っていてくれれば

子どもさんが成長して行動範囲が広がるに従って、

これまでとはまた違った一歩進んだ親子交流が出来ると思うのです。

たしかに数年単位で考えなければならないので大変だとは思いますが。。。


私は今日から少し遅い夏休みを取りまして明日早朝娘を練馬に迎えにいき、

そのまま高速をひたすら西に向かい京都の実家まで帰ります。


娘がまだ3才の時に東京を夕方に出発して、

夜中に京都に着いた事があります。

たぶん元妻は生放送の仕事が年末まで有り、

新幹線に乗り私たちより2日遅れで合流。

また帰りも元妻は新幹線で先に帰り、

その数日後私と娘は夜の高速を駆け抜けて

朝方に東京まで戻った事が有ります

そのとき娘はずっとついてくる大きな星を見て

「じいちゃんたちが寂しくないように付いて来てくれてるんだよね」

と座席を倒してすっと空の星を見続けていました。

あれから6年。9才の娘とのロングドライブ二人旅。

今回彼女は何を感じ、何を楽しいと感じてくれるのでしょう。

楽しみです。



追伸)折角ですから地理の勉強と思い
   日本地図を持ってくるように言いました。勉強になるかなぁ?

今日は娘と電話の日でした。
いつも電話は1時間程度は色々話してくれます。
その電話で今日はちょっと気になる事がありました。

先週までは普通に「ママはね」と呼んでいたのに
今週からいきなり「お母さんがね」とか「あの人はさあ」とか
かなりよそよそしい口調に変化。

話を聞くと元妻が娘に「ママじゃなくてお母さんと呼ぶようにしよう」
と言ったらしいのですが、それはそれとして「あの人」呼ばわりはなぁ。

私は離婚後の親子としてはまずまず交流の時間を取れていると思っています
ただやっぱり普段一緒に生活はしていないし、養育に関わるというよりも
一歩引いたところから娘を「見守っている」という立場でしかないので
日々の変化や、徐々に変化すると言うことが良くわかりません。
だから電話の時のちょっとした言葉遣いや、
会った時の態度や雰囲気の変化がとても気になります。

それに子どもを持つのも初めてですし、
まわりにその年頃の子どもを持つ仲間もいないので、
だから今の娘がそういう事を言うお年頃なのか、
母親との間で何かうまく行かない事があるのかそれも良くわかりません。
娘にそれとなく聞いていてみても「いや、別に普通」と言うだけですし。

自分の子どもの頃の事を考えると、確かに10才くらいから生意気になって
友達と遊ぶ時に母親の事を「うちのおばはんが」とか言っちゃってた覚えがあります。

でもそれは男の子だし、ヤンチャ坊主だったからであって、
我が娘が母親の事を「あの人」呼ばわりするとは(笑)。

正直これから先女の子がどう成長していくのか想像がつきません。
いきなり父親離れされてしまった仲間の話や、
反抗期の親子断絶(苦笑)の話はを聞いてはいますが我が身に起きてみないとね。
自分では「一緒に住んでいない分父親離れも遅くなるだろう」なんて
楽観的に考えてはいるのですけれど。。。

ま、娘は私の事は「パパがいいならずっとパパと呼びたい」といってくれたので
ひと安心です。いきなり「お父さん」と呼ばれてもね。
戸惑いますからね私自身が、たぶん(笑)