気付けば妊娠も後期なんですね。
待ち望んだ日が近付き、幸せオーラたっぷり、それこそ冬が終わって桜が春を呼ぶ頃には、楽しみで楽しみで仕方ないシーズンだろう。

そう思っていたのはいつまでだったか。

今後期に入り頭にあるのは、全く逆のこと。
一時停止ボタンがあるなら押したい。


こんな内容なんで、不快だと思います。
読まない方がいいと思います。


でも書きます。
読みたくない方は、今ここで閉じて下さいね。



事の発端は義母です。
土曜日の検診のあと、いつものように電話で報告。
そこでなぜか散々「流産」「死産」と言う言葉を連呼された。
エコーがしばらくなかったから詳しいことは分かりません。
でも高齢出産だし不妊治療でできた子だし、色んなリスクはあると思います、と半ば憮然と答えた。

その翌朝。
洗濯物を干していたらまた義母から電話。
なんだろ?と思いながら出たら、
「息子のお祖父ちゃんは、孫ができて可愛い可愛いと遊んでくれた翌日に脳出血、お祖母ちゃんはその3年後にやっぱり孫と遊んで楽しく過ごした翌日に心筋梗塞で急死したの。
だから仏壇掃除してね。」

私の旦那様も産まれたときから入っているため、結婚と同時に、新居に何の断りも相談もなく、義母から勝手に送られてきた仏壇がある。
あれから2年経つが、掃除してるのを見たのは一度だけ。
私は信者じゃないし興味もないそ、何より入ってる本人がやらないことを私がする必要ないから、埃にまみれてても放置してた。
それにどう触っていいやらも分かんないし。

息子はズボラだから、お彼岸を前に掃除もしてないだろう、これから孫が生まれるんだから、ご先祖供養をきちんとして、題目も唱えないと、無事に孫産まれない。

つまり要約すると、入ってる本人がやらなかったとしても、その嫁がやらないといけない。
入信してなくても、題目唱えないといけない。
じゃないと孫無事に産まれない。
産まれても親族死ぬ。

そういうこと?

もう脅迫。

結婚する前、義母には私は一切の宗教に興味がないこと、入るつもりもないことを旦那様と二人で断った。
結婚後も、宗教の勧誘されるたびに、嫌ですとか、興味ないですとか、聞きたくないですとか、始めはやんわりオブラートにくるみ断るも通じなかったから、こちらの断り方もストレートな言葉に変化した。
それでも通じない。
旦那様からも、私には一切宗教の話をするな、と何度も何度も言ってもらったにも関わらず、その都度ごめん、ついうっかり~、でももう言わないから~♪と答えた翌週には宗教の話をしてくる。

それが年明けから酷くなり、この1ヵ月はさらに過激になり、今では2日に一度くらいのペースに。

つわりがひどい→題目唱えたら楽になる
つわりが終わらない→題目唱えたら楽になる
肋骨折れた→題目唱えないから
聞きたくない→なんで?いい話をしてるのに!

堂々巡りもいいとこ。

で、今回の話が来た。

この子を産んで、私の両親が可愛がってくらるのは分かってる。
でもそしたら死ぬの?

命あるものいつか死ぬ。
その日がたまたま孫に会った次の日ってことだってあるだろう。
でもそれでも普通は、最後に楽しそうな顔をしてもらえてよかった、孫を見せてあげられてよかった、と思えただろうに、あんな言い方をされたら怖くなった。

考えもしてなかったから、恐ろしくなった。
泣きながら仏壇掃除した。

気持ち悪くて怖くて何度も吐いた。

旦那様は義母に再度、こんなでりけーとな時期に、なんでそんなこと言うんだ、今命を必死で育んでいる人に向かって、言うに事欠いて死を連想させて何かを頼む神経が分からない、とかなりきつく電話してくれた。

ところが義母は今度は嘘をつきだした。
そんなことは言ってない、孫が生まれると思ったら、そう言えばお祖父ちゃんとお祖母ちゃんがすごく喜んでくれた楽しい思い出が甦った、ちょうどお彼岸だし、先祖の供養だと思って仏壇掃除してね、と言った、と。

そんな話、私は聞いてない。
なんで嘘つく。

そしてこういう言い方ができるってことはつまり、自分の言い方が間違っていることも、適切ではないということも分かっているはず。
分かって言ったってことになる。

どういう神経してるの本当に。

そこからと言うもの、私は完全に鬱再発。
妊娠出産が怖くて仕方ない。

正直、離婚したいとすら思う。

とりあえず、孫に会わせたくもないし、ましてやお腹に触りにくるとか言ってるけど触らせたくない。

何を信じても自由。
信じないことも自由。

でも今この宗教に対して思うのは、

穢らわしい

この一言に尽きる。

検索で引っ掛かると余計な意見とか来て荒らされてもイヤなので、その宗教の名前は出しません。

が、
察する方は察するでしょう。
もしコメント下さるときは、くれぐれもそれを書かないでくださいね。