私達がなぜ不妊治療という門戸を叩いたのか。

それにはいくつか理由があります。


もちろん、結婚してからの通常の夫婦生活ではできなかったこと。

タイミング指導をしてもらうようになってからもできなかったこと。

それはあります。

ただひとつ、私は結婚前から彼に、自分がきっと不妊体質であるだろう事を伝えていました。


過去に流産経験があり、それも初期流産だったため原因も分からず、無麻酔下でのソウハ手術を受けた私は、色々とその後の事を調べたりしながら、自分がきっと不妊体質であろうことを分かっていました。


実は去年2011年の5月に結婚しましたが、UnprotectedなSexを2月位から試みていました。

これは自慢できる話では決してありませんが。

そして結婚直後の6月から産婦人科に通うようになり、タイミング指導、随時の血液検査などをしてもらい、毎回どちらの卵巣から排卵されるか、あるいは無排卵か、内膜の厚さは十分かどうかetc


結果、黄体ホルモン機能不全という診断を受けました。

途中投薬治療を含めてタイミングで頑張ってみるものの、妊娠する気配は一向に見えず。


私の年齢もあり、一刻も早く子供を授かりたかった私達にとって、半年近くに渡るタイミング指導下での妊娠は果たして正しいのかどうか、という疑問が沸きました。


そして初めて去年の9月、不妊専門クリニックの門戸を叩いたのです。



そこではまず、女性は内診、血液検査を受けます。

男性は精液検査を。


そこで決定的な事実が判明し、2回目の診察時、先生からは顕微授精しか選択肢はないと告げられました。


不妊専門クリニックに転院してそんなすぐ、それも2回目で、最高峰の医療技術なくして授かることはできないと言われるなんてとてもすぐには納得できるはずもなく、私達夫婦は悩みました。


検査結果の用紙を束にして、ずっとタイミングを見てもらっていた産婦人科の先生のところに行き、セカンドオピニオンを仰ぐとやはり、「これじゃぁウチにいくら来てもらっても意味がないよ」とバッサリ。


悩みに悩んだ末、最初に行った不妊専門のクリニックではなく、別のクリニックで再度受診することに。

そこで検査結果や様々話をしたところ、必要な検査はもっとある、と初めて告げられました。

そして、最初から顕微授精という考え方も間違っていると分かりました。


どちらの側に問題があるにせよ、卵や精子の出来はその人のそのときの体調によって大きく左右されます。

よってどんなに悪い結果が事前に出ていたとしても、それで一概に顕微授精、とか体外受精が可能です、と言い切ることはできないのだ、ということでした。

事前検査はあくまでも最悪のケースを双方が想定するためのものであって、それが最終結論として前提に立つものではないと。


その後必要ないくつかの検査を受け(女性は主に内診と採血、男性は精液検査と採血)、顕微授精になる可能性は極めて高い、という同じ結論ではあったものの、私達は初めて治療方針にしっかりと納得した上で治療開始をすることができました。


私には双極性障害というリスクと、36歳という年齢のリスクが前述の通りあります。

よって私はハイリスク患者となり、初診時に現在の精神科の主治医からのOKと、連携が取れない限りは診療を受けられない旨も伝えられていました。

結果1ヶ月弱程時間はかかりましたが、しっかりと主治医と連絡を取っていただき、現在の治療に至ります。

どの薬をやめてください、どの薬は主治医としっかり相談してくださいetc


ずっとパキシルとエビリファイを朝晩、睡眠薬としてマイスリー、ジプレキサ、ロヒプノール、グッドミンを飲んでいましたが、まずパキシルとグッドミンは即刻中止命令を受けました。

カウフマン療法中の今は、その2種類とエビリファイを除いたものを服薬していますが、これももし妊娠に至った場合は全て辞めなければならないと思います(マイスリーは問題ないという医師もいます)。


これは今後しっかりと相談していかなければならないことですが、私の場合は極度の睡眠障害のため、睡眠薬を減らす、あるいは完全になくすという選択肢を迫られた場合、ちゃんと眠りにつけるのかどうか、今からとても不安です。

今の睡眠薬を飲んで、やっと人並みの睡眠を得られる私にとって、飲まずに眠れるという状態は信じられないのです。

実際先日大阪に行った際睡眠薬を忘れてしまったのですが、薬局で市販の睡眠導入剤を複数個購入し、規定量の2倍近くを飲んで就寝したにも関わらず、一睡も出来ませんでした。

そんな私が妊娠できるのだろうか、ととても今から不安です。

子供は健康に産まれて来さえすればいいと皆言いますが、私の今の体でそれを叶えてあげられるのかどうか、自分自身が一番疑問に思います。


多少の障害はあっても、我が子ならきっと愛せるというのは偽善なんじゃないか、とか。


ソフィアが今夜で終了するので、あと数日で採卵準備開始の注射(毎日)が始まります。

(生理が来るって意味ね)

もう待ったなしなのに、心の中では待って待って、まだもうちょい待って、って声が聞こえます。

でももう待っていられるほど時間が残されていないのは、私の実年齢と卵巣年齢からも明らかなので、その声はかろうじて無視しています。


緊張と言うよりも、不安がとてもとても大きいです。

自分が産めるのか、

一回でうまく行くわけなんてないんだけど、何回なら金銭的にできるか、

私の体はいつまで生殖可能でいてくれるのか、

この手に我が子を抱く日は来るのか、

不安だらけです。


この不安だけはなぜか誰にも言えない。


そして何より、4月と言えば思い出す、妊娠検査薬で陽性が出たあの日。

繋留流産していると分かった5月。

また同じ4月と5月が来るんじゃないかという漠然とした恐怖と不安。


そうなった時、私は立ち直って次の移植に臨めるのかどうか、という不安。


今の私じゃきっと無理だ、と認めざるを得ない現実。


そんな毎日です。


でもいつかきっと。。を信じて待っている自分も確かにいますし、

それを何より望んで協力的でいてくれる旦那様と先生がいます。

不妊治療に関する記事を見つけては熱心に読み、

励ましてくれる母と、何も言わずに連れ出してくれる父がいます。


私はこれ以上望んじゃいけないくらい恵まれているのです。

子供が産まれないことを責める人も、誰一人いないのですし。


むしろ、頑張ろうと言ってくれる友人すらいるのに。


これ以上私が望んでいいことなどあるのだろうか、とも思います。

子供を望むなんて贅沢なんじゃないかと。


でも少しだけ、もう少しだけ、贅沢を言わせてください。


私は、子供が欲しいです。


私は、産みたいです。