皆様、明けましておめでとうございます。
もう年が明けて1週間経ち、今日は七草粥を食べる日になってしまいましたが、
今更ながら昨年を振り返っておこうかと思います。
1月。
くるみをお迎えする。
来てすぐに病気を発症、何度も死ぬ。
最終的に日本高度動物医療センターに、藁をもすがる思いでたどり着き、
何とか一命を取り留める。
その後も発作を繰り返すが、小さすぎてMRIなどの検査もできず。
発作と蘇生を繰り返す日々が始まる。
2月。
プロポーズをされる。
彼氏(今の旦那様)のご両親に初めてご挨拶へ。
ごにょごにょ色々ありつつ、結婚を認めてもらえる。
3月。
大震災が起きる。
自宅に1人で仕事をしていた私は、とっさに動物をとりあえず守る。
TVを付けて初めて東北の大惨事を知る。
スーパーから物が消える。
関西以南の友人からたくさんの支援を受け、
東北方面の友人に支援物資を送る。
14日にはくるみがまた発作を起こすが、
結果これが当面最後の発作となる。
4月。
結婚に向けて引越し。
義妹との3人+ミルク+くるみ+熱帯魚との生活が始まる。
5月。
入籍する。
両家の顔合わせを行い、人生最後の振袖を着る。
届いた生協を玄関先で搬入しようとしたら、
ミルクが外へ飛んでいってしまった。
毎日毎晩泣きながら過ごし、旦那様が一緒に探して歩いてくれた。
張り紙もたくさん作って張りまくった。
でもそれ以降帰ることはなかった。
6月。
くるみがやっと全身麻酔下での検査が可能な大きさになったので、
MRI検査を行い、脳に異常がないかを調べる。
とんでもない高額なお金がパタパタ飛んでく。
寂しさに耐えられず、インコを2羽新しく迎える。
7月。
大切で、大好きで、私が初めてミルクから育てた新之助が、
15年の生涯を閉じた。
8月。
義妹が大阪に帰る。
やっと新婚2人での生活が始まる。
9月。
大切な人が、法律家との問題に巻き込まれる。
これはまだ継続中案件。
10月。
本格的に不妊治療を始めようと決意する。
初めての卵管造影検査を行う。
痛くて死ぬかと思。。うほどではなかった。
11月。
大切な友達を失いかける。
自分の心の狭さを思い知る。
いやー失わなくてよかったよマジで。
そして26歳
うそです。36歳の誕生日。
12月。
クリスマス連休に大阪の祖父母のお見舞いに行く。
本当は旦那様と2人、うかい亭でディナーの予定だったのだが、
末期ガンの祖母の容態が思わしくないとのことで、急遽向かった。
2泊3日、少しだけ会話もできた。
アルツハイマー以外は体も元気な祖父も同じ病院のため、
3日に1度目が覚める祖父を車椅子に乗せて、
祖母に会わせてあげることができた。
1ヶ月以上会ってなかったそうだ。
アルツハイマーの祖父は、目の前で苦しむ祖母の顔を見つめながら、
理解しているのかいないのか分からないが、
真剣な、神妙な顔つきでずっと見つめていた。
27日0時50分。祖母が息を引き取る。
28日お通夜のためまた大阪へ。
その日の0時52分、四日市の叔父がやはり末期ガンのため亡くなる。
29日、祖母の告別式@大阪
30日、叔父の告別式@四日市
30日深夜帰宅。
31日、慌てて大掃除をこなし、紅白でLady Gagaと西田敏行で泣く。
こんな1年でした。
こうやって振り返ると、本当に何もなかった月がないのね。
特に〆の12月は、師走のあらわす通り、まさにバタバタの年末でした。
皆様。
特に東日本大震災で被災された数多くの皆様。
今年がご多幸でありますよう心からお祈り申し上げると共に、
変わらぬお付き合いをいただけますよう、
お願い申し上げます。
Love heaps
もう年が明けて1週間経ち、今日は七草粥を食べる日になってしまいましたが、
今更ながら昨年を振り返っておこうかと思います。
1月。
くるみをお迎えする。
来てすぐに病気を発症、何度も死ぬ。
最終的に日本高度動物医療センターに、藁をもすがる思いでたどり着き、
何とか一命を取り留める。
その後も発作を繰り返すが、小さすぎてMRIなどの検査もできず。
発作と蘇生を繰り返す日々が始まる。
2月。
プロポーズをされる。
彼氏(今の旦那様)のご両親に初めてご挨拶へ。
ごにょごにょ色々ありつつ、結婚を認めてもらえる。
3月。
大震災が起きる。
自宅に1人で仕事をしていた私は、とっさに動物をとりあえず守る。
TVを付けて初めて東北の大惨事を知る。
スーパーから物が消える。
関西以南の友人からたくさんの支援を受け、
東北方面の友人に支援物資を送る。
14日にはくるみがまた発作を起こすが、
結果これが当面最後の発作となる。
4月。
結婚に向けて引越し。
義妹との3人+ミルク+くるみ+熱帯魚との生活が始まる。
5月。
入籍する。
両家の顔合わせを行い、人生最後の振袖を着る。
届いた生協を玄関先で搬入しようとしたら、
ミルクが外へ飛んでいってしまった。
毎日毎晩泣きながら過ごし、旦那様が一緒に探して歩いてくれた。
張り紙もたくさん作って張りまくった。
でもそれ以降帰ることはなかった。
6月。
くるみがやっと全身麻酔下での検査が可能な大きさになったので、
MRI検査を行い、脳に異常がないかを調べる。
とんでもない高額なお金がパタパタ飛んでく。
寂しさに耐えられず、インコを2羽新しく迎える。
7月。
大切で、大好きで、私が初めてミルクから育てた新之助が、
15年の生涯を閉じた。
8月。
義妹が大阪に帰る。
やっと新婚2人での生活が始まる。
9月。
大切な人が、法律家との問題に巻き込まれる。
これはまだ継続中案件。
10月。
本格的に不妊治療を始めようと決意する。
初めての卵管造影検査を行う。
痛くて死ぬかと思。。うほどではなかった。
11月。
大切な友達を失いかける。
自分の心の狭さを思い知る。
いやー失わなくてよかったよマジで。
そして26歳
うそです。36歳の誕生日。
12月。
クリスマス連休に大阪の祖父母のお見舞いに行く。
本当は旦那様と2人、うかい亭でディナーの予定だったのだが、
末期ガンの祖母の容態が思わしくないとのことで、急遽向かった。
2泊3日、少しだけ会話もできた。
アルツハイマー以外は体も元気な祖父も同じ病院のため、
3日に1度目が覚める祖父を車椅子に乗せて、
祖母に会わせてあげることができた。
1ヶ月以上会ってなかったそうだ。
アルツハイマーの祖父は、目の前で苦しむ祖母の顔を見つめながら、
理解しているのかいないのか分からないが、
真剣な、神妙な顔つきでずっと見つめていた。
27日0時50分。祖母が息を引き取る。
28日お通夜のためまた大阪へ。
その日の0時52分、四日市の叔父がやはり末期ガンのため亡くなる。
29日、祖母の告別式@大阪
30日、叔父の告別式@四日市
30日深夜帰宅。
31日、慌てて大掃除をこなし、紅白でLady Gagaと西田敏行で泣く。
こんな1年でした。
こうやって振り返ると、本当に何もなかった月がないのね。
特に〆の12月は、師走のあらわす通り、まさにバタバタの年末でした。
皆様。
特に東日本大震災で被災された数多くの皆様。
今年がご多幸でありますよう心からお祈り申し上げると共に、
変わらぬお付き合いをいただけますよう、
お願い申し上げます。
Love heaps