人の悩みを聞くとき、私は絶対にこの言葉は使わないと決めている。

もしかしたら多くの大人はそうかも知れない。


ごく稀に軽々しく「分かる分かる~」などと相槌を打っている人を見かけると、

何て無責任な言葉を吐く人間なんだとすら思ったりした。


でも私は今日からこの言葉を使うだろう。

なぜなら、昨日の夜、私は大切な友人からこの言葉の使い方を教わったからだ。


彼女には2人の子供がいる。

結婚してもう15年になるベテランの主婦だ。

最初の子供が産まれたとき、入院していた病院までお見舞いにも行った。

その子がもう中学生になろうとしている。


そして私はと言えば35歳にしてやっと結婚。

そして現在、「不妊症」という問題に直面している。


Facebookでたまにネガティブなことをつぶやいていた私に、彼女は心配の念を抱いてくれていたようだ。

かける言葉がなかなか見つからなかったのかどうかは分からないが、

だからと言って彼女から何らかのReplyがあるわけでもなく、

大概そういうネガティブな発言はどんな仲の良い友人からもコメントを控えられるものだ。

分かっている。


昨日、かかりつけの不妊専門のクリニックで2回目の検査を終え、

私たち夫婦にはもう、自然妊娠、人工授精、体外授精のどの手段も残されておらず、

顕微授精という、現代の医学において最高の技術に頼る以外に手段がないと言われて帰ってきた。


Facebookに私はこう書いた。


「あれもだめ。これもだめ。だったらどんな夢なら叶えられるの」


これだけで一体何が分かると言うのだろう。

いやむしろ分かってくれなくてよかった。

何か悩んでるんだろう、いつものことだ、と思っていてくれればそれでよかったし、

むしろ何も望んでなどいなかった。


しかし彼女は夜、電話をくれた。

くだらない話で導入された会話の後、彼女はごく自然にこう言った。


「で、どしたー?

お母ちゃんに話してごらん」


私は思わずバーストして泣いてしまった。

自分でも信じられなかった。

何でこんな急に涙が溢れるのか。

分からないまま黙ってしまい、嗚咽だけが電話口に聞こえたはずだ。


電話口から聞こえて来たのは、彼女の震える声だった。

「分かるよ、分かる。大丈夫だから」


私は何もまだ話していないのに、彼女は「分かる」と言った。


疑問に感じることもなく、いぶかしがることもなく、

私はただ自然に事の次第を伝えることができた。

その間に何度も泣いてしまう私に付き合って、

彼女も何度も泣く。


なぜ子供を二人も授かっている彼女が、

不妊と言われ子供を授かれない私の気持ちが分かると言うのか。


分かる訳がない。


そう、私はそう思うと思っていた。

分かるなどと言われたら、私は絶対そう思ってしまうと思っていた。


でも違った。


そう思わなかった。


一晩かけて考えた。


タイミング、感情、私への思い。


そういうもの全てが揃った時、綺麗に一並びになった時、

初めてこの「分かる」という言葉は効力を発揮するのだと知った。



ありがとう。

素直に思った。


それだけを私は今彼女に伝えたい。

でもうまく言えない。


ただただ、

「ありがとう」

という言葉の重みを知った日。


心からの感謝を。