第21回 鯖街道ウルトラマラソン<
朝、6時に小浜のいずみ町商店街から大きな山を3つ越え、出町柳までを走る、総距離77km、累積標高1800mのウルトラマラソンです。







朝の1時40分過ぎ、いや一般的には深夜か?

そうして鯖街道ウルトラマラソンの一日が始まりました。
2時半に集合ということで、ほぼ着替えるだけの作業でバイクにまたがり、集合場所へと急ぎました。
自販機のある場所でバイクを止めると、今回一緒に行く北君と河君が二人して近寄ってきました。
(名前は省略して記載しております)
集合時間にはまだ20分も早いのにさすがに仕事がらなのか、夜・・・いや夜中か・・・にはやはり強い!
あと一人一緒に行く濱さんと合流して早々に小浜へ向けて出発!
やはり濱さんも同業のようなものだから早くに集合し、予定よりも15分早く出発することができました。
道中、睡眠不足の私は、少しでも睡眠をとろうと努めましたが、やはり寝入ることもできず、結局は4時過ぎには目的地の小浜フィッシャーマンズワーフに着きました。
受付開始は5時からですが、それまでの時間そこでも睡眠をとるべく目を閉じていましたが、そそくさとあきらめて走るいでたちに着替えました。といいましてもすでにランニングウェアーは着ているので、ひざ周りのテーピングと最終リュックに入れる荷物を点検した程度ですが・・・
今回、軽装に努めてウェストポーチ・・・RWSのYurenikuiで走ろうとも考えましたが、ウルトラマラソンと言えどもやはりタイムレースですので、少しでもエイドでの時間を短縮しようと多めの水と補助食を持ち、また監督の教えの最低限の装備を入れるとやはりリュックでないと無理と判断しました。

集合場所で、今回本鯖を走るきっかけづくりの一人である澤君に出会いました。
この方はなかなかのチャレンジャーで、京都から奈良の観光名所までを娘さんと歩いたり、また息子君と東海道を東京まで自転車で走ったりするアクティブな方で、実は昨年酔った勢いで「半鯖」に無理矢理参加させたのですが、今年はこの方に私が本鯖に“強引”に誘われました。
もっとも本鯖に誘い込んだもう一人の共犯者が河君なのですが、この河君も昨年は半鯖の試走会にだけ参加しただけで、今年はいきなりの本鯖で参戦!!この人も「まずは半鯖から一緒に走ろう!」という私の優しい誘いを断って「本鯖走ります!」と言い切ったものですから、このお二人に仕方なくも同調して、義理で本鯖のクリック合戦に参戦したというのが本鯖を走ることになった経緯です。

実際、このお二人の走力を考えた時に、完走できるだろうか?あるいはどこかで関門に引っかかるのではないか?というレベルだったので、スタートするまではお二人がゴールできるかなーと心配しておりましたが、全くの杞憂でお二人とも見事に完走され、その事実も驚きであり、また心配だっただけに他人事ながらものすごくうれしかった。お二人には最大の賛辞を贈りたいと思います。

空を見上げれば、天気は快晴、気温もスタート時には少し寒い程度で、すこぶる気分は盛り上がってきましたが、やはり77kmの距離のレースに不安と脅威が脳裏に浮かんでおりました。

スタート前のセレモニーは商店街のアーケードの下でけたたましいハンドマイクの音を通しての挨拶で、地域振興のイベントとはいえ朝の6時前からこの騒ぎでは大いに近所迷惑なのではないかとあたりを見回しながら心配していたのは私だけでしょうか・・・?

小浜市長の挨拶が終わり、京都トライアスロンクラブのいつもの笑いをとる選手宣誓、そして勝どきの声を上げていよいよスタートです。

スタートして数十メーター商店街を抜けるときに、ただ一軒だけ開いていたお店が魚屋さんで、煙を上げながら鯖を焼いていたのが印象的でした。

商店街を抜け、朝霧の中の遥かかなたに浮かぶ山々の景色を見ながら「長い一日の始まり!」と再度奮起して腹に力を入れました。「あの山のどの頂を、どの峠を目指すのだろう?」と少し高揚しながら他のランナーの流れにのって走っていましたが、ペースを見ると5分20秒で走っているので少しペースを落とそうと幾度か調整をして走りました。
昨秋、丹後60kmを走った時に前半同じく5分30秒位のペースで走り、中盤以降全く足が動かなくなった経験があり、遅い目遅い目のペースで走るように努めました・・・でも気が付けばやはり早いペースに引き込まれていました。これが中盤で大いに走りに影響を与え、気力&精神力の戦いへの序章となっていきました。

スタート地点の商店街が海抜ほぼ0mとして、約15kmを走って320m上り、20kmで830mまで高度をあげます。ほとんど下り坂のない登りだけのルートです。
ペースをつかむべく、同じレベル、同じペースで走りそうな方がいたので、そのペースについて引っ張ってもらいました。
しかしなかなか順調に走って行かれるその後ろ姿についていくのは難しいとあきらめ、また別の方を探してついていき・・・でもやっぱり早いペースで先行されるので他の人を探し・・・・エイドで止まっているとその方を見失い・・・ってなことをしている時に後ろから背中をたたく人がいました。
花背坂練(花背峠坂道練習会 別名変態ドMを楽しむ会)の仲間の橋君でした。
この橋君はすごい人、いやInterestingな方で、 いつも同じ格好、同じスタイルで練習もマラニックもそしてレースも参加します。
言葉ではわかりにくいので写真を載せますが、とりあえずよくもまぁこの格好で走るわ!と周囲が驚嘆するほど不思議なお人です。





毎回このボーダーの綿のシャツ、そしてスーパーのお買い物袋に必要な装備品を入れて走るのですが、片手をこの状態でずーっと走るのですから、それも水やジェルなど重さのあるものもありますからすごい!
ちなみにこの日は水も500mlを2本入れてビニール袋もダブルでした!
少し会話をかわしてからすーっと先へと進んでいくその姿は、いつかきっとメディアに出るだろうな!と思わずにはいられません。
じわじわと登り行く坂に呼吸を荒げながらもまだ視界に入っている橋君を追いかけます。
でも曲がり角をいくつか過ぎるころにはその姿も見えなくなってしまいました。
「さすがに早いなぁ、いや、私が遅いのだな」と思ったりしてテンションも少し下がり、ここは少しペースを落として歩こう!と歩き始める次第でした。

約17km地点まではアスファルトのロードで、そこまでのルートはグーグルマップで見ることもできます。
https://www.google.co.jp/maps/@35.4151853,135.7871499,15z

そのロードを離れてようやくトレイルに入ります。
トレイルに入っても走るような人はいませんでしたが、それでも早いペースで皆さんのぼられます。前についていかねば!そして時折背後からのプレッシャーも感じながらドンドンと高度を上げていきます。
前半の登りのピークは850m前後だと思いながら何度も時計を見て、高度を確認して「あと少し、あと少し」と登っていきます。
ようやく峠らしきところで、ボランティアの方が「あとは下りです!」と声をかけてくれました。

下りは下りで登りと同じくらいに脚の筋肉に負担がかかる!という戒めを意識しながら駆け下りることなく、ある程度の速度を守りながら降りていきました。
これも過去の経験ですが、去年の半鯖の時に花背峠からの下りを4分前後のペースで駆け下りたら、鞍馬から足が全く動かなくなってしまい、鴨川沿いの道をトボトボと歩いてゴールした経緯があるので、今回は慎重にスピードを抑えて下っていきました。
ようやく視界を遮るもののないところから見る山々は、丹波山地とも呼ばれ、遥かかなたまで山並みが連なっていました。大自然を見て気持ちが元気になる瞬間です。

根来坂(ねごおりざか)峠を越えてからの下りは、ほぼシングルトラックが続き、朽木の山村に降りるとそこからは今度は緩い下りのながーいロードが始まります。
ロードが始まってすぐにトイレに行くべくボラの人に尋ねると「40mほどの所にあります!」
はっきり言ってもう少し距離は離れていましたねぇ~、おまけにそこで一つしかない男性用トイレに駆け込むと丁度老齢の方が一瞬早く入られました。仕方なしに私はジェルを取り出し、栄養補給をしておりましたが、そのお方、まだまだ便器に向かって立っておられます。ちょっとイラつき始めたかな?ワタシ!
「高齢だからキレが悪いのだなー」と思いながら脚の屈伸をしておりました。
そして見るとまだ・・・仕方なしにアキレス腱を伸ばし、そして見るとその老齢の方と視線が合った!
まだ便器に向かっている・・・「おいおい!」
ものすごく長い時間がたったように思いました。

そこから1kmも走ればすぐにエイドがあり、そこでそうめんを2杯いただき、おつゆも塩分補給のためと思いながらすべていただきました。ここのエイドは人も多く充実していました。
そしてかぶり水をして頭を冷やし、そしてスタート・・・・長いロード、苦しい時間の始まりでした。直射日光を受け次第に暑さも感じ、身体の塩分、ミネラル分が消失行くさまがあたかも感じ取れるほどに汗が噴き出してきます。

百里小屋のエイドから久多のエイドまでゆるい下りのロードで約15kmありますが、(460m―340m)この下りで足が動かず、6分前後のペースでも続けて走ることができずにすぐに止まるということを繰り返していました。股関節の痛みも出始めて止まってはストレッチしたり、少しでも前進と歩きもしますが、頭の中では幾度も「もうリタイアや!やめよう!」「とりあえず久多までは歩いてでもたどり着いてそこでリタイアしよう。」とリタイアしか考えていませんでした。もはや完全に気負けの状態です。
田んぼの中のあぜ道にそれてストレッチをしていると濱さんが声をかけてくれて励ましてくれました。その走りはなかなか順調そうでした。
少しはついていこうと後ろを追いかけましたが、すぐに離されてしまう始末。
濱さんが去年10時間のペースで走っていたというのですから、「このままでは私、10時間オーバーやな!」と思うとますますリタイアへの思いがつのりました。

走るロードの横には清流が流れ(針細川)、へたりきったメンタルの刷新、下肢の冷却をしようと幾度もドボンポイントを探し、「ここならいい!」と思いながらも結局は浸かることまで決断できず、ただ走り続けていました。しかし以外にも憔悴しきった気持も切り替わり、そして肉体的にも復活をさせてくれたものがありました!!
「もうあかんなぁ~」と思いながら飲んだ梅丹200!
これはカフェインが200mg入っていて気力が復活するかもしれないというあわよくばの気持ちをもって飲んでみました。
これで変わったのか、あるいは半鯖のコースと合流して半鯖のランナーの皆様の刺激をいただいたのか定かではありませんが、久多のエイドに着く頃には少し元気が出始め、エイドの手前で迎えてくれた北君に「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた時にはかなり回復していました。
ただ、この久多のエイドを中間地点としてこの先走り切れるかという自信がその瞬間は湧いてこず、とりあえずエイドでおにぎりをいただき、半鯖、本鯖のランナーが入り乱れた中でしばらく休憩をしていました。
徐々に気力も戻り始めたのは自分としてはやはり梅丹のなかのカフェインが効いたのだと思いたく、最後の切り札にもこのカフェインの入ったアリナミンにすがろうと思っておりました。
そして、この先は昨年も走って知っているコースでもあり、どうにか走り切れるだろうという思い、そしてもしかしたら職場の会報に「リタイア!」という文字で記載されたら恥だという思いも少なからずあり、とりあえずは先へと進もうと走り出しました。
がれた林道を半鯖のランナーはみんな元気に走っていきます。それにつられて同じようについていこうとしますが、やはり余力を残しておかねばならないと常にセーブをして歩(ほ)をすすめました。
次の登りはオグリ坂峠ですが、やはり渋滞気味のままランナーが歩き続けています。
決して無理をすることなく、力を温存するためにも流れに任せて峠まで登りました。
さぁ、八丁平の下り!と走りだしましたが、今度は右ひざの外側が痛くて走るどころか歩いて着地するのも痛いほどの状態。「これはやばいなぁ~」とトレイルの横にそれて後ろのランナーに道を譲ります。
途切れるのを待ってからゆっくりとしたスピードで走り、湿原を過ぎて林道へと出てからは草の生えた地面を選んで足の衝撃を少しでも少なくして走り続けました。と言ってもペースはかなり落ちています。
今までは、あまり痛み止めを飲むのは好きではありませんでしたが、ついにここでロキソニン1錠を飲みました。これだけの関節の痛みに効くかどうかはわかりませんでしたが、一か八か効けばもうけものととりあえず飲みました。

そして林道から尾越のエイドへ向かうシングルトラックに入りました。
ここは去年ぶっ飛びながら下っていき、追い抜いていく人に「早いですね!」と言われ、気持ちよく走り切った場所でしたが、今年は全く走れず、常に後ろからのランナーを気にして、追いつかれるたびに道を譲りました。
幾度も止まっては後続のランナーに抜かれ、気持ちもどんどん抜けていき・・・この下りでこれだけ痛いと花背峠からの下りは走れないな!と考え、「こりゃやはりリタイアだな」と、まずは鞍馬までたどり着けるかどうかと思いながら歩いては止まってを繰り返し、ようやく尾越のエイドにたどり着きました。
そこで水をかけてもらい、エアーサロンパスをぶっかけ、そして柑橘類を多めに取り、おまけにロキソニンをもう一錠飲み、天にも祈る気持ちで薬の効果が出るのを期待しました。
尾越のエイドからはしばらくフラットなロードが続き、ゆっくりながら走り続けました。幸いにして平地では痛みを感じることもなく遅いペースながらも距離は稼いでいました。
山間の集落を越えて前坂峠に差し掛かり、大見までの下り坂になります。
去年はここもそこそこの速度で走っていたのですが、やはり膝が痛くなったのを思い出し、この下り坂をクリアーできるかどうか不安がよぎりました。
峠を登り切り、坂を下り始めました。以外にもあまり痛さは感じない様子!これは薬の効果かも!ラッキーとゆっくりとですが下っていきます。
見覚えのある景色、一昨年はここで写真を撮っていた場所!こうして自分も走っている不思議な感覚と思いを感じながら大見のエイドを目指します。

大見のエイドでも水をかけてもらい、そしてコーラーを2杯いただいて気力が回復しているのを感じながら杉峠へと登り始めました。
例年、ここの周辺は晴天が続いても道がぬかるんでいたり、あるいは大きな水たまりがあったりで走りにくい箇所ですが、今年はぬかるんだ場所は数か所だけで走りやすかった。
このころには足の痛みもほぼなくなり、無理はできませんが軽快に足も動いてくれました。
いつものことですが、ここで快調とばかりに無理をすると後でその反動が必ず来るのがロングRunの常ですので、逆にここで栄養補給や脚吊り防止のサプリを飲みました。最終兵器のドリンク剤は花背峠を越えてからの爆発のために残してあります。

このころにはランナーズハイというとさもかっこいい表現ですが、思考あるいは意識が走ることだけに向けられて不思議と痛みや疲労感がなくなってきていました。実際は薬物症状でしょうね(ロキソニンです)

杉峠のエイドではテレビクルーの方が取材&撮影をされていて、映像に映り込もうとしましたが無理とあきらめて、先を急ぎました。
いよいよそこからが下りの始まりで、鞍馬まで約6.4kmで550m、ゴールの出町柳まで19kmで770mの下りが続きます。それゆえ60km近く走ってきた足腰には約2時間もの間、過酷な負荷がかかり続けます。いつまたひざの痛みが出たり、あるいは股関節の痛みがぶり返すのではないかとひやひやしながら走り続けました。
改めて思いますが、花背峠から出町柳までこれほど距離があったのですね。


去年はこの下りで4分前後のペースを目標に下り続け、その反動で山幸橋からのロードが全く走れず、鴨川沿いの道も疲れ果てて歩いていました。
今年は5分30秒程度を常に意識して下り続けました。坂の途中ではやはりひざなどが痛いのか身体をそり返しながら痛みを我慢して走っているランナーを数人見かけました。
しかし本当に薬物の力が恐ろしくも作用したのか、あれほど痛かったひざの痛みやさらには股関節の痛みもほぼ感じることもなく鞍馬までを走り切りました。
鞍馬では坂練の時にいつも寄って山椒まんじゅうを食べるお店のおかみさんが店頭に出て声援を送ってくださっており「いつも寄らせてもらっています!今日はパスしますわ!」と言うと喜んで手を振ってくださいました。
鞍馬までくればもはやここは走り慣れた道で、どうにかゴールまでたどり着けるという思いが強くなってきました。あとはこの今動いている足をいつまで動かし続けられるかを意識し、そしてそれがためにパワーをセーブしたり、またジェルやサプリ、あるいは水分を取り込んでこの動作をキープしなければならないと考えていました。
Ultimate Weponのアリナミンドリンクも摂取し、最後のランに備えておきます。

わぁ~この道、この景色と坂練の仲間とのRunを思い出しながら自分を励まし、そしてそのメンバーの一人の高さんがクリーンセンターを越えたあたりで応援していると言われていたので、そこまでたどり着こうとする思いがパワーにもなってきます。しかし高度も下がり、町のはずれとはいえ都市部に入ると体感の温度はかなり上がったようで汗もかなり噴き出し、さらに疲れを助長していきます。
少しずつ少しずつではありますがクリーンセンターへの上り坂も走り切り、そして下りに差し掛かって周囲を見ますが高さんの姿が見えません。「あれ?」と思いながらも走っていましたが、行けども行けどもそれらしき人影が見えない!
あらら!もしかしたらもう帰ってしまったのかな?などと思いながら少し落胆した気持ちを引きずりながら山幸橋の交差点を曲がろうとするとエイドがありました。
私設エイドらしくスルーしようと横目で見ながら走り抜けようとしたら、見覚えのあるお顔‼
地獄に仏ではありませんが、千さんのお顔が飛び込んできました。いつものにこやかな笑顔で他のランナーの方とお話をされています。
「私、京都のトレランを楽しもうに入っています」と他のランナーの方がお話をされている横から、「私も変態&ドMを楽しもう」に入っています。と言いかけましたが、周囲の方がいらっしゃるのでそれはやめて「私も入っています」というとようやく千さんが気付いてくれて喜んでくださいました。その横では一升瓶を小脇に抱えて加さんがにこやかに、楽しそうに座っていました。そして高さんはそこでエイドボラをされていました。会えて良かったと思うと同時に知っている方に会えると、それも苦しんでいる時にあえて、そして応援をいただくとものすごくテンションも上がり、元気も回復するものですね。ありがたく感謝した次第です。

そして走り出してすぐに「がんばれ~」という声が聞こえ、誰だろうとみると飯君が車から手を振っていてくれました。わざわざこんな所まで応援に来てくれたのか!あるいはどこを走っているのか探しに来てくれたのか?と感動しました。「あぁ、ありがたいなぁ!」と思っていました。この時は!でも後からのコメントを読むと千さんの私設エイドの応援に行く途中だった!だけのようです。チャンチャン!

でも勘違いながらも応援に力をいただき、先を走ると今度は鴨川走友会のたかっちさんのエイドがあり、ここでかき氷!と思いましたが、大盛況で、おまけにたかっちさんは鴨走メンバーの女性と楽しげに話しこんでおられたので待っているとタイムがさらに遅くなってしまうのでスルーしました。

かき氷、イチゴ味でほしかったな~、いやミックスにしてもおいしかっただろうな~と思いながら、ボトルから最後の水を飲んでゴールへ向かいます。

河川敷の道も順調に、しかし「止まりたい!」という思いと「走れ!先を急げ!」の思いとの葛藤の中、視界に入るまずはあの橋まで!と懸命に走ります。
今回は御園橋が工事中のため、その橋の下を通ることができないので一度市道に上がり、そしてまた河川敷へと降りて走らなければなりませんでした。そのためにきっとその市道の信号で止まることになるので、みな共通に強制的に止められるので「これはラッキー!」と思っており、とりあえずはそこまでまずはたどり着くことに懸命になりました。
予想通り御園橋の信号ではきっちりと止められ、その間、私は歩道の鉄柵に腰かけて足を休めました。そしてそのまま川沿いに道を渡るのかと思えば、反対側への道へと誘導されて信号を渡ります。つまりすぐ向かい側に渡れずに、三回待ってその反対側の道へと行くのです。ですから三回休めました。これはいい休憩になりましたね。

そしてその待っている時に他のランナーのゼッケンを見ると、本鯖のランナーは私と他2人で、後は皆さん半鯖のランナーでした。ですから順位を気にするならその本鯖のランナーの2人に負けなければ順位は下がらずにすむわけで、ここからはこの二人には負けないように駆け引きをし、それでいて残り3kmほどを5分30秒くらいのペースで走り切ることを考えていました。
まだ3kmもあるのかという思いと、「リタイヤ、リタイヤ!」と思いながらも良くもここまで走ってきたな~という思いの中、意識しなければならない本鯖ランナーのペースが遅いのでやり過ごして、先を行く半鯖ランナーについていきました。ペースは5分25秒前後。このまま走り切れるかな?と思いながらとにかくは先を行くランナーに刺激をもらいながら走っていきます。

遥かかなたに見えるあの建物がゴールに近い場所だ!と自身を鼓舞しながら懸命に足を動かします。
橋の下をくぐり、ほんの少しの上り坂が過激に苦しさや辛さを呼び起こします。北山橋をくぐり、北大路橋をくぐり・・・もはやその小さな上り坂でさえ歩くようになってきました。
川岸にはシートを敷いてランチをしている家族やスポーツに興じる若い人たち、そして寝転んでいちゃつく外人カップル、あるいは小さな自転車で走り回る子供や日傘をさして犬を散歩させているご婦人・・・・みんなのんびりしているな~と視界の隅に見やりながら淡々と次の橋を目指します。
「あと1km」の看板も目に入りましたが、とりあえずはこのリズムのまま走ることに専念し、ペースを上げ無理をして脚に吊りが来れば動けなくなることも頭をよぎったので、あそこまで、あの場所までへとゆっくりと流していきました。

頭の中で走ってきた道程を振り返る余裕も、そして苦しく辛かった思いも浮かぶこともなく、ただひたすら思いはゴールへと向かっていました。流れゆく景色の中、前を行くランナーを追い抜く時に「いい走りですね!」と声をかけてくれて、「お~し!最後のスパートで走り切ろう!」と声をかけてそこからスパート!およそ最後の300mは4分16秒で走り切れました。
ゴール周辺の景色は視界に入らず、ゴールのそのゲートだけしか記憶に残っていません。
ゴールしても歓喜することも感動もあまりなかったな。
ただ終わったという思い、あるいは走り切れたという達成感に支配され、それでいて虚脱感と疲労感でしばし頭が呆然として周囲でボラの方が説明してくださる言葉も良く分からない状態でした。
しばらく座り込み、ようやく動く力と思考回路が戻り、我に返りました。

辛く苦しかった一日、長く遠かったゴール、今走破して一つの結果を残せたのは何よりも素晴らしいことでした。京都トライアスロンクラブの各位、そしてボランティアの皆様、そしてエイドでお世話になった方々には深く感謝と敬意を表したいと思います。そして応援してくださった皆様ありがとうございました。

股関節の痛みやひざの痛みに耐えている時、リタイアばかりを考えている時にはもう「走る」ということから卒業しようと思いました。この年齢でタイムを意識して走ることの過酷さは、時間的には自由があっても精神的な余裕がない今の状況では練習も十分にできない。それでもレースに出れば、ガンバフンバするのが当たり前のように奮起して走ろうとする。やはり日々の積み重ねが成果を出すこのスポーツではかなり厳しいと思えてしまう。
「楽しめばいい」とファンランはやはりまだできない。
その時間との闘い・・・低次元での戦いですが・・・の興奮・歓喜そして走り切るという喜びと達成感のその分岐点は今どこに置いているのかわからない。
そもそも興奮刺激のないrunはまだ受け入られないのかもしれない。それだけにその感性がなくなったら、あるいはないのならやはり走りからは「卒業」するかもしれない。
走り切った!という達成感を得るだけのために走る年齢はまだもう少し“向こう側”にあるのかもしれない。










大阪マラソン、走ってまいりました!
前日にはたくさんの応援をいただきましてありがとうございました。
友人との待ち合わせでスタート地点近くまで行ってHRベルトを忘れたのに気が付き、荷物のトラックの所まで戻り「カバンを出して下さい。」というものの対応してもらえず、泣く泣くまた1Kmの道を戻りました。おかげでおうふく2kいいウォーミングアップができたと・・・ただ、トイレに行く時間が無くなり、我慢したまま10kを走ることに。。。。
心のどこかではサブ3.5を狙って走ってましたが、結局あと一歩届かず!前半は膝の痛みが出るのではないかと思いながら少し抑え気味に走ってましたが、後半に力を温存するのには良かったかもしれない。25km地点で両ひざに痛みが出だしましたが、30㎞過ぎるころには痛みもなくなりました。しかし、次第に疲れが出始め35km前後はきつかった。特に橋を越えてからの残り3kmほどで足がつったり、股関節が痛くなったりでペースダウン!なんとかフィニシュまで走れましたが、最後はきつかった。でも友人たちと、また私設応援団のおかげで楽しく走れました。
沿道は、コブクロの小渕さんのファンの方でけっこう賑わっていました。もちろん一般の方もたくさん応援してくださってました。
感謝です!

ありがとうございました。

大阪府山岳連盟主催の「チャレンジ登山大会」通称ダイトレに参加してきました。


当麻ふれあいセンターから959mの大和葛城山に登り、520mの水越峠まで下りまた1125mの金剛山に登り、その後は千早峠、行者杉と下り、南海天見駅までの約36kmを走り・・・歩きも混ぜて・・・ます。


友人と朝の7時に現地で集合でしたが、京都からだといくら早くても朝の7時半を回ってしまいますので、大和八木のシティーホテルで一泊・・・・このホテルがすごかった。


翌朝は、午前4時半に起きて5時40分にはホテルを出ました。が、全くの睡眠不足!

思いのほか駅までが近く、ものの数分でついたため、ホームの冷えたベンチに腰かけて身を縮め、昨夜の睡眠不足を少しでも補うかのように目をつぶっていました。


その駅から次の橿原神宮前まで行き、そこが始発の電車に乗り込み、車内を見渡すとほとんどの客がダイトレの出走者と見受けられる格好の人ばかりでした。


もっともチャレンジ登山大会という名前の通り、私のようなトレイルランナーばかりではなく、一般の登山として登られる方もいらっしゃり、昨今はやりの山ガールも、そしてご年配の方も参加されます。 

(一般男子が547人 壮年430人 女子120人

一般登山1712人 総数2809人)



友人・・・ささやんと6時半に駅で落ち合い、そこから会場まで約20分ほど歩きました。

スタート会場に着くともうすでにダイトレ チェレンジ大会は始まっており、次のグループがスタートの準備をしていました。

ここでは受け付け順にスタートをしていくウェーブスタートで、10分おきに50人づつスタートしていきます。

我々はすでに順番待ちで並んでいる受付の列に加わり、7時過ぎに受付を完了し、指示されたスタートの時間は7時50分でした。

スタートまでの待っている間に、ささやんにいろいろな友人を紹介してもらいました。話をお聞きするとすごい人ばかりでした。


いくつかのグループのスタートを見送り、そうこうしているうちにいよいよ我々の順番となりました。。

聞こえの悪いスピーカからスタート確認の点呼があり、その後記念撮影、そしてスタートです。


いつものマラソンのように高揚感はなく、いかに抑えて走っていくのか、というよりはどうしてこの修羅場を越えていこうかという不安の中、少し緊張しながらのスタートです。

スタートの合図とともにみなさん飛ばしていきますね~。
ささやんももう先へと走り出しています。


私は、以前の経験で最初から飛ばすと後半以降に足が動かない、あるいはスタミナ切れとかけっこう大変な状況になるので、初めはマイペースで行こうとゆっくり目で走っていきます。ましてや事前に読んだ昨年の参加者のブログを参考にして、体力、脚力は後半以降に温存しておかなければならないと考えており、今、始まったばかりの緩い坂道をちんたらとゆっくりと駆けています。・・・・が、もう気持ちは萎えはじめています。


アスファルトの道を少し走ってから、いよいよ山道に入ります。といいましても急な傾斜もなく普通の山道ですから順調に走ってはいます。

そんな感じでゆったりとしたペースで走っているうちに第一チェックポイントにまで来ました。

そしてチェックポイントを過ぎ、国道を横断したあたりから道の様子も変わり始めてきます。

いよいよ葛城山への登りが始まります。


階段の山道を登っていくのですが、まぁ、最初のうちはこれくらいなら・・・と走ることはできませんが早足程度で登っていくことは可能です。最初のうちは・・・・

それが階段を越えると、また階段。。。。階段といいましても自分の歩幅にあった階段ならいいのですが、右足でまず登ると、次に同じ地面に左足を着きます。つまり階段の踏みづらの幅が長いために右、左と一段ずつ上がってはいけないで、右で上がれば、左を同じ高さで一歩進み、そして次の右足で次の段をあがる、という繰り返しになり、右足ばかりに負担がかかるわけです。ですから時には途中で一歩余分に足踏みをして、次にあげる足を左に変えるという所作をしなければならないわけです。


そんなことを繰り返し、階段と格闘しながら葛城山山頂を目指して登っていきます。
いつもの時計Ambitで心拍数をチェックすると160~170前後の数字を表しています。「もっと押さえていかねば・・・」とは思うのですが、しかし道の傾斜が、あるいは階段の連続が、心拍数をどんどんと上げていきます。

ふっと気が付いて時計を見ると心拍数や移動速度、あるいは1kmあたりのペースなどの数字は表示されているのですが、ポーズがかかったままの状態でした。つまりスタートからデーターが記録されていない状態で走ってきていたのです。


私は走る時には、いつもこの腕時計のAmbitとIphoneのNike+というアプリでランニングデーターをとっているので、Nike+のデーターを見ると、ここまでほぼ8kmを走ってきてました。

あらためてここでAmbitのスイッチを押しなおし、「できればスタートからのすべてのデーターを記録したかったけれど、最初でつまづいたなー」と少しがっくりした気持ちで走り続けました。


山道はやはり細く、その細い道を走るトレイルランナーと普通に登山をされる方と共存して進んでいきます。それゆえ時には登山の方を抜いて行くのですが、トレイルランナーが優先とは言いましても抜くタイミングがなかなか難しい時があります。渋滞気味の時や極端に細い場所、あるいは急な坂道、特に下りでは抜くのもはばかられます。

そして条件や環境がそろった時に抜いて行きますが、やはり後方からの声掛けと、そして抜きた時のお礼は一つのマナーだと思いますね。時と場合によっては当たり前のように無言で抜いて行ってしまう時のもあるのでこの点は反省です。


何度かの登りの階段といくつかの山道を走りながらようやく葛城山山頂の初級ゴールにたどり着きました。ここまでが約13.6kmとなっていますが、まだ半分も来ていない距離なのに脚はもうすでに悲鳴をあげかけています。

体力的にはまだ行けそうですが、やはりネックは脚!
幸いにも膝の痛みが出ていないのはラッキーかな?

スタートの時には気温が低くかったので長袖で走り出しましたが、このポイントにたどり着くころには汗だくになっていました。一度止まってリュックを降ろし、長袖を脱ぎ、下に着ていた半袖のTシャツといつものベストを重ね着して次のステージへと向かいました。


葛城山の山頂にはこぎれいなトイレがあり、そこでタオルを水でぬらし「濡れタオル」状態にしました。と言うのも、この低い温度だと、顔面に汗をかいてもしばらくするとすぐ乾き、塩分が顔の表面に張り付きます。乾いたタオルで顔を吹くと、塩を顔にこすりつけるような状態となり、ヒリヒリとします。それを緩和するために濡れたタオルでふくと、かなりましで気持もすっきりです。


その山頂を後にして葛城高原のつつじ園を通り過ぎたところからはこれから目指す金剛山を遠望でき、遥か遠くのあの山頂を目指すのかと思うげんなりとしてきました。

ただ天気が良かったことと、そして身体を包むさわやかな空気がまだまだこの先へと向かう気力をサポートしてくれるような気になっていました。


959mの山頂から今度は515mの水越峠まで下りです。
この下りが結構ハードで、道が狭い上にがれ場、岩場などの難所が続きます。
最も危ない岩場の下りでは連盟のボランティアの方が危険個所を知らせるように声をかけてくれていました。

この岩場の下りで、私よりも20分先に出ていたNさんを抜きました。

彼女はロードではすごい健脚らしく、とてもかなわないなーと思っていたのですが、さすがにトレイルは勝手が違うようで少々てこずっているようでした。


そんななかを腰にボトルホルダーだけをつけた赤色のTシャツの女性がグングンと走って行きます。その女性に追い付こうと懸命にその坂道で追いかけていくのですが、人の混雑で少々距離は詰まっても気がつくとすぐに距離が開きます。何度も離されそうになるのを追いかけ、少し脚にも負担をかけながらも追いかけていきます。が早い!


そんなストーカーまがいの追いかけをしているうちに、ようやく水越峠のチェックポイントにつきました。
そこでほっこりと水を飲んでいるうちに、件の女性はいつの間にか先に行ってしまったようです。
どのみちあのスピードで走っている人にはこの先もどうせ追いつきっこはない!とあきらめてまたマイペースで進むことにしました。


しかしこの水越峠を越えてからがまさに地獄で、金剛山への登りの階段が始まります。

初めのうちは車も通れるほどの広い道幅の登り坂が続き、遅いながらも少しは走って登って行きます。もちろん道の傾斜がきつくなると無理をせずに歩きに変えます。あの鏑木さんもレースの時は少しでも平地があると走ることを心がけているんだとか・・そんなことをテレビで見た記憶があり、それを実践すべく走れる平地では頑張って走っていました。
そうしているうちに広い道からは離れて山道へと入って行きます。ここからが今から思うと一番過酷でした。


山の斜面を折り返しながら少しづつ登って行くのですが、整備の状態が悪く、階段が壊れていたり、道が崩れていたりでけっこう足元が悪い状態です。そしてその階段の間隔や高さがまちまちなので、リズムもペースも取りにくく、また合わせにくい。登るごとにドンドンと体力も気力も奪われていきます。


そうして次に直線的に登って行く階段が、階段が、階段が、そしてまた階段が・・・・歩幅も合わない、段差も高い、時には崩れていたり。。。。そんな階段地獄を黙々と登り続けます。


冒頭申しましたように、最初のうちの元気な時とは明らかに脚を進めるスピードが違います。たぶん最初のうちならこんなスピードで登っているおやじがいたら「じゃまやなぁ~」と思うほどのスピードで、、いやそれよりもまだ遅いスピードでしか登れません。脚が動きません。太ももに手を添えたり、なるべく行く先の長い階段を見ないように足元だけを見て、ただひたすら登って行くのですが、苦しい!しんどい!動けない!


・・・・そんな思いばかりが頭の中をぐるぐると巡り、身体からはドンドンとそのエネルギーが出て行きます。
時には階段を外れて、その横の斜面を無理して登って行ったりして変化をつけて刺激の矛先を変えたりもしますが、一時気分は変わっても身体の疲れは増すばかり・・・・


こうして文字にすると淡々とした表現で終わってしまいますが、それはもう過酷な修行僧のような修練です。読んでくださる皆様には「階段」「しんどい」「苦しい」の文字ばかりが繰り返し、繰り返し出てきて「くどい」と思われるかもしれませんが、実際にその「くどい」「階段」をすべて越えてむちゃくちゃ「しんどかった」わけで・・・・・


いくつもの階段を登り切るたびに、「もうこれで終わりやろ」と何度思った事か・・・・それでも階段は終わらなかった。

そうしてついには蝸牛のような歩みにも近いスピードになる頃には、あとから来る人に先に行ってください、と言うようになってきます。すでにふくらはぎに攣りの前兆の痛みが出始めています。


今回初めて攣りの予防策として漢方の「芍薬甘草湯」を服用してみました。
いつもは膝の痛みが出た時に「ロキソニン」を服用することが多かったのですが、今回はこの漢方薬を飲んでいたおかげなのか否かは定かではありませんが、膝に痛みが出ることはあまりありませんでした。


しかし今までのマラソンでも、トレランでも、ふくらはぎに攣りの症状が出ることはありましたが、今回のように太ももが攣ったのは初めてでした。さらにその太ももとふくらはぎが両足揃って攣った時には、まさに立っていることもできないほどの激痛が下半身に襲いかかりました。


どうにかその痛みを抑え込みながら、おおよそ1時間近くこの階段との戯れが終わる頃に、ようやく金剛山(一の鳥居)の中級ゴールにたどり着きました。ここでおよそ21kmを走破したことになります。


とりあえず金剛山、あの葛城山から遥かかなたに見た山を攻略し、一つ大きなヤマを越えたと言う安堵感で、少しは力が蘇って来たような気になりました。


ちはや公園の山頂の開けた芝生の広場で遊ぶ子供や、あるいはランチをしている家族をしり目に、コンクリート敷きの道を走り下ります。 しかし今までのように快調な走りではなく、いくばくかの攣りの症状を感じながらの走行です。


山道と言えども普通の土の路面が続く区間などは稀有で、石が転がっていたり、あるいは地表に岩が突出していたり、根っこが蛇のごとくのたうちまわっていたり・・・で、走っている時には足の踏む場所を瞬時に判断しながら走る時もあります。特に下りなどは慎重に足を運ばなければ、木や石、岩などにつまづいたりして転倒も免れません。


もちろん下りの階段も段差の違いや階段を支える木や杭、あるいは露出した鉄の棒にも注意を払う必要があります。

まだ足に元気、あるいは余力があるうちは足の運びにも不安はないのですが、疲れてくると足が地表をこするように運ぶ、あるいはすり足のように動かすようになってしまい、ついつい、つまづきやすくなってきます。

そんなことにも注意し、山道を登っては下りるを繰り返して少しづつ高度を下げていきます。


この辺りまで来ると苦行の登りの階段はあまり多くはなく、むしろ下りの階段が多い状態になってきます。

下っている階段を走りながら、この階段を上ってくるのを考えたらぞーっとするな―とか考えながら降りていました。

しかしどうにかこうにか動いていた足にも、限界が近づきつつあるようで、その小さな登りを登っている時に、またもふくらはぎに「ピ―ン」とするどい痛みが走りました。攣りの前兆です。

これはいよいよやばいかな?と思い歩みを止めると一度に下半身全体に攣りの症状が出ました。もう痛くってたまりません!


ここまでは内服の漢方薬を飲んでいましたが、ついに塗り薬の鎮痛固形軟膏をCW-X(スポーツタイツ)の上から塗りました。
さすがに直接肌に塗るものを服の上から塗るのですから、ききめはなかなか感じることもできないまま、しばらく腰をおろして足が回復するのを待っていました。


そんな私の目の前をかけていくランナー・・・ささやんです。

すぐにリュックを背負いながらささやんの後を追いかけて行きました。幸いにも少し休んだせいもあり、足は動いてくれています。もちろんそこが緩い登り坂だったいうこともあり、走ることができました。


すぐ後ろに追い付き「追いついた」と声をかけると「こんなとこにいた!」と驚きの表情でささやん。

一言、二言言葉を交わして緩い登り坂を走っていると、少しづつささやんに先行することができました。

よーしここでまた差をつけよう!と懸命に走って行き、少しは差を開けることができたかな?と思いながら走っていると、数10分後の下りの途中で疾風のように横を駆け抜けていく人影・・・・ささやんがほんとにマンガのように吹っ飛んで行きました。ほんの数秒間は目で追うこともできましたが、またたく間に森の小道の奥の方へと消えて行きました。


「まぁ、すごいわ!ありゃ天狗や」と思わずつぶやいていました。


その後、ちまちまと下りの坂を降りて行き、また登りの坂を上っているとまたささやんに追い付きました、
そしてまた抜き返し、今度は抜かれないように、と思いながらもまたさらに走り続けていました。


そうこうしているうちに行者杉の最終チェックポイントにたどり着きました。ボランティアの方が「あと8km、頑張って!」と声援を送ってくださいます。「あと少し、8kmなら1時間ぐらいでいけるかな・・・」とか考えながらスタンプを押してもらおうと用紙を探すと・・・ない!ベストのポケットをすべて探してみるもスタンプ用紙がない!紛失です!


「やってまった!ここで失格?」とも思い、ボランティアの方に「用紙を紛失しました」と言うと、どうも他にもそのような方がいらっしゃるらしく「ハイこの用紙に名前を書いてください」と手際良く、新しい用紙を出してくださいました。

その最終チェックポイントのタイムを記入してもらってそこからスタートしました。


スタンプ用紙は、先刻の塗り軟膏を出した際か、あるいはハーネスに通していたタオルを出し入れする際に落としてしまったようです。結構気を使いながら大事に袋に入れていたのですが、せっかくの記録やスタンプがおじゃんになってしまい、これでFBに写真を載せることができないなーと思うと非常に残念でした。


まぁ、なくなったものは仕方がないや!と気分を切り替えて走りだし、残りの距離が8kmと言うことは、いつも走っている練習コースで例えると清滝のトンネルから家に帰るぐらいの距離か。。。と考えながら、いつも愛宕山山頂まで走って行き、そこから帰る時ぐらいの感じかな~とも思いながら、これはまだまだ先が長いとげんなりとしました。


しかし走る道は大きな登りの階段や坂道になる事もなく、緩やかな下りの道が続きます。さらに走り続けると谷川に沿うような片側は崖の細い小道となりました。

このような道では、万が一、転倒したり、あるいはつまづいたりした時の危険回避のために意識的に山側に身体を置きながら走るようにはしておりますが、ついつい道の中心よりは川側に身体を置いて走ることがよくあります。その方が圧迫感もなく、また路も踏みしめられているのが川側のほうなのでどうしてもそのようになってしまいます。


下りの坂ですから走るのには楽に走れますが、疲れもまた足の痛みもあり、さほどスピードを出すこともできずに駆け下りていきます。途中で数人の方を抜きながら走っていた時、何の前触れもなく転倒しました。

ほんとにこける時は何の構えをすることもなくこけるもんなんですね。

「おっと!危ない」と言っている時はまだ余裕がある時なんでしょう。こける時と言うのはこけて始めて起こったことの状態が把握できるほどに瞬間的なものだと言うのを改めて知りました。


こけた!と思った瞬間に身体のあちこちに痛みが走り、口の上と頭を打ったようで、まずそこに痛みを感じ唇を指で触ると出血しているようでした。そして頭頂部にも痛みがあり触ってみると出血はしてはいませんがかなりの痛みがあり、そしてすでにこぶができ始めていました。


「こけた!」と思った次の瞬間には山側の壁に座り込んでいたのですが、おそらく前方から両手をつきながら回転し、その際に顔と頭を打ったようでした。通りすがりのランナーの方が「大丈夫か?」と声はかけてくれましたが、止まる様子も愛想もなくさっさと走って行きました。

私は「ありがとう」と後ろ姿に声をかけましたが、聞こえていたかどうかは不明・・・・いや動転していて大きな声が出せませんでした。顔の痛みと頭の打撲の痛みは精神的にはけっこう大変なけがをしたのではないか?との不安が頭をよぎり、万一の場合はどうしよう?とまで瞬時に考えていました。

少々動揺した気分を落ち着かせるためにも、今の自分の状況を把握しようと身体の痛みのある部分のけがの程度や様子を触診し、出血や傷の具合を確認してみました。


タオルで顔の患部を触ると少し出血はしていますが大量に出血することもなく圧迫法の止血をしていると止まった様子。そして頭は、偶然にも頭にタオルを巻いて走っていたことが幸いして擦過傷もなくコブだけで済んだようでした。あと両手と両ひざに擦り傷があり、少し血がにじんでいました。


そして腰骨と臀部の打撲による痛みはありますが、動くことには大きな問題はないようでした。しかし精神的なダメージが疲労困憊の身体には少なからず影響し、そこから先は今までのように駆け下りると言うことができなくなってしまっていました。やはり怖い!


トボトボとした様子に様変わりした私の走りは、もちろん30kmを走ってきた足の痛みもありますが、打撲による痛みもプラスしてさらに走りづらい状況を作り出していました。

どうにかこうにかしてその谷川沿いの山道を走り切ると、ようやく視界が開けて里山のふもとの田園風景へ続くアスファルトの道へと変わって行きます。


「あと3kmです」とコース管理の方が声をかけてくださいます。

しかしもうそこで限界でした。足は両足が攣り、歩くこともままならないほどに痛みが襲ってきて何度も立ち止まります。そして屈伸したりすることもできないほどの痛みです。

足攣り予防の漢方薬も4袋ぐらい投与しておりましたが、もはやその効果は期待できそうにありません。


痛みを我慢してだましだまし歩きながら時折無理をして走ろうとするも、結局痛みの為に走る事も出来ず、またロボットのように歩を進める・・・・そんなもがき苦しんでいる私の横を涼しい顔でささやんは走り抜けていきました。

声をかけるのも気後れするほど颯爽と走って行きます。


さすがに六甲山を走りまわっているだけあってすごい!やはりささやんは一つの大きな目標や!と改めて尊敬の念が湧いておりました。

たぶん練習もされているとは思いますが、いろいろなところでレースに参加されることでより一層力を、また走力をつけられていっているんでしょう。見習わなければなりません。

そんなささやんはもう向こうの曲がり角を走り抜けて見えなくなってしまいました。


少しでも早くゴールを!と気持ちばかり焦る私ですが、足は痛いまま・・・でもどうにか足を突っ張らせたような状態で走る・・・いやもはや早歩きのような状態ですがゴールを目指します。あの角を曲がれば・・・・あの家の向こうに・・・などといろいろと自分に刺激を与えながら進んでいきます。


ようやく眼下に国道とそして南海電鉄の線路が見えてきました。あの延長線上に駅があるはずだ・・・駅はどこだ?

そこがゴールのはず!と駅舎を探しますがまだ見えません。そうして四方に視線を飛ばしながら走っているとボランティアの方がゲートの前に立っていて、「あと800mです、がんばってください!」と声をかけてくださいます。


気づけば桜の花が、華のトンネルを演出するかのようにその道を覆って咲いています。

歓喜のウイニングロード・・・のはずですが、「え~まだ800もあるの!」と気分的にさらに落ち込み、と同時に何とか動いていた足も普通の歩みに変わってしまいました。

半分花見気分で桜を見ながらよろよろと歩いている私の横をラストスパートのランナー、あるいはゆっくりと走るランナー・・・みんなも同じように桜の花に励まされたかのように元気です。


一人の若い女性が追い抜きざまに「あと少しですよ!がんばりましょう」と声をかけてくれました。

この女性から見たら私は、精魂尽き果て、トボトボ、よろよろと歩いている年甲斐もなくハードなダイトレに無謀にも挑戦した老人に映っているんだろうな―と思っておりました。

いや、孫がいても俺はオジンではない!と言う思いが少しわき出してきて、先行くその女性を追うように走りだしました。そらもう限界を超えている足には過酷な走りですから、気持ちとは裏腹に足は動きません。

徐々にその女性との距離は開いては行きますが、でも早歩き程度ではありますが走れています。


ようやくゴールが見えてから、どうにかこうにか走り抜けるまでけっこうな時間を要してのゴールでした。

ゴールではささやんが待っていてくれました。
追い抜いたことを知らないようで、先に走っている私を追いかけて懸命に走ったようです。でも走れるだけ素晴らしいなぁ~と感心していました。


どうにかこうにか、本当に何とか走り終えたダイトレ。いろいろと貴重な経験ができ、またいろいろな方との出会いがありすばらしい大会となりました。ひとえにささやんのお陰だなーと改めてここで感謝を申し上げるとともに、また来年もぜひとも今回の経験を生かしてタイムアップを図るべくチャレンジしたいと思います。


所用時間 5時間55分 

“感謝!”