朝、6時に小浜のいずみ町商店街から大きな山を3つ越え、出町柳までを走る、総距離77km、累積標高1800mのウルトラマラソンです。

朝の1時40分過ぎ、いや一般的には深夜か?
そうして鯖街道ウルトラマラソンの一日が始まりました。
2時半に集合ということで、ほぼ着替えるだけの作業でバイクにまたがり、集合場所へと急ぎました。
自販機のある場所でバイクを止めると、今回一緒に行く北君と河君が二人して近寄ってきました。
(名前は省略して記載しております)
集合時間にはまだ20分も早いのにさすがに仕事がらなのか、夜・・・いや夜中か・・・にはやはり強い!
あと一人一緒に行く濱さんと合流して早々に小浜へ向けて出発!
やはり濱さんも同業のようなものだから早くに集合し、予定よりも15分早く出発することができました。
道中、睡眠不足の私は、少しでも睡眠をとろうと努めましたが、やはり寝入ることもできず、結局は4時過ぎには目的地の小浜フィッシャーマンズワーフに着きました。
受付開始は5時からですが、それまでの時間そこでも睡眠をとるべく目を閉じていましたが、そそくさとあきらめて走るいでたちに着替えました。といいましてもすでにランニングウェアーは着ているので、ひざ周りのテーピングと最終リュックに入れる荷物を点検した程度ですが・・・
今回、軽装に努めてウェストポーチ・・・RWSのYurenikuiで走ろうとも考えましたが、ウルトラマラソンと言えどもやはりタイムレースですので、少しでもエイドでの時間を短縮しようと多めの水と補助食を持ち、また監督の教えの最低限の装備を入れるとやはりリュックでないと無理と判断しました。
集合場所で、今回本鯖を走るきっかけづくりの一人である澤君に出会いました。
この方はなかなかのチャレンジャーで、京都から奈良の観光名所までを娘さんと歩いたり、また息子君と東海道を東京まで自転車で走ったりするアクティブな方で、実は昨年酔った勢いで「半鯖」に無理矢理参加させたのですが、今年はこの方に私が本鯖に“強引”に誘われました。
もっとも本鯖に誘い込んだもう一人の共犯者が河君なのですが、この河君も昨年は半鯖の試走会にだけ参加しただけで、今年はいきなりの本鯖で参戦!!この人も「まずは半鯖から一緒に走ろう!」という私の優しい誘いを断って「本鯖走ります!」と言い切ったものですから、このお二人に仕方なくも同調して、義理で本鯖のクリック合戦に参戦したというのが本鯖を走ることになった経緯です。
実際、このお二人の走力を考えた時に、完走できるだろうか?あるいはどこかで関門に引っかかるのではないか?というレベルだったので、スタートするまではお二人がゴールできるかなーと心配しておりましたが、全くの杞憂でお二人とも見事に完走され、その事実も驚きであり、また心配だっただけに他人事ながらものすごくうれしかった。お二人には最大の賛辞を贈りたいと思います。
空を見上げれば、天気は快晴、気温もスタート時には少し寒い程度で、すこぶる気分は盛り上がってきましたが、やはり77kmの距離のレースに不安と脅威が脳裏に浮かんでおりました。
スタート前のセレモニーは商店街のアーケードの下でけたたましいハンドマイクの音を通しての挨拶で、地域振興のイベントとはいえ朝の6時前からこの騒ぎでは大いに近所迷惑なのではないかとあたりを見回しながら心配していたのは私だけでしょうか・・・?
小浜市長の挨拶が終わり、京都トライアスロンクラブのいつもの笑いをとる選手宣誓、そして勝どきの声を上げていよいよスタートです。
スタートして数十メーター商店街を抜けるときに、ただ一軒だけ開いていたお店が魚屋さんで、煙を上げながら鯖を焼いていたのが印象的でした。
商店街を抜け、朝霧の中の遥かかなたに浮かぶ山々の景色を見ながら「長い一日の始まり!」と再度奮起して腹に力を入れました。「あの山のどの頂を、どの峠を目指すのだろう?」と少し高揚しながら他のランナーの流れにのって走っていましたが、ペースを見ると5分20秒で走っているので少しペースを落とそうと幾度か調整をして走りました。
昨秋、丹後60kmを走った時に前半同じく5分30秒位のペースで走り、中盤以降全く足が動かなくなった経験があり、遅い目遅い目のペースで走るように努めました・・・でも気が付けばやはり早いペースに引き込まれていました。これが中盤で大いに走りに影響を与え、気力&精神力の戦いへの序章となっていきました。
スタート地点の商店街が海抜ほぼ0mとして、約15kmを走って320m上り、20kmで830mまで高度をあげます。ほとんど下り坂のない登りだけのルートです。
ペースをつかむべく、同じレベル、同じペースで走りそうな方がいたので、そのペースについて引っ張ってもらいました。
しかしなかなか順調に走って行かれるその後ろ姿についていくのは難しいとあきらめ、また別の方を探してついていき・・・でもやっぱり早いペースで先行されるので他の人を探し・・・・エイドで止まっているとその方を見失い・・・ってなことをしている時に後ろから背中をたたく人がいました。
花背坂練(花背峠坂道練習会 別名変態ドMを楽しむ会)の仲間の橋君でした。
この橋君はすごい人、いやInterestingな方で、 いつも同じ格好、同じスタイルで練習もマラニックもそしてレースも参加します。
言葉ではわかりにくいので写真を載せますが、とりあえずよくもまぁこの格好で走るわ!と周囲が驚嘆するほど不思議なお人です。

毎回このボーダーの綿のシャツ、そしてスーパーのお買い物袋に必要な装備品を入れて走るのですが、片手をこの状態でずーっと走るのですから、それも水やジェルなど重さのあるものもありますからすごい!
ちなみにこの日は水も500mlを2本入れてビニール袋もダブルでした!
少し会話をかわしてからすーっと先へと進んでいくその姿は、いつかきっとメディアに出るだろうな!と思わずにはいられません。
じわじわと登り行く坂に呼吸を荒げながらもまだ視界に入っている橋君を追いかけます。
でも曲がり角をいくつか過ぎるころにはその姿も見えなくなってしまいました。
「さすがに早いなぁ、いや、私が遅いのだな」と思ったりしてテンションも少し下がり、ここは少しペースを落として歩こう!と歩き始める次第でした。
約17km地点まではアスファルトのロードで、そこまでのルートはグーグルマップで見ることもできます。
https://www.google.co.jp/maps/@35.4151853,135.7871499,15z
そのロードを離れてようやくトレイルに入ります。
トレイルに入っても走るような人はいませんでしたが、それでも早いペースで皆さんのぼられます。前についていかねば!そして時折背後からのプレッシャーも感じながらドンドンと高度を上げていきます。
前半の登りのピークは850m前後だと思いながら何度も時計を見て、高度を確認して「あと少し、あと少し」と登っていきます。
ようやく峠らしきところで、ボランティアの方が「あとは下りです!」と声をかけてくれました。
下りは下りで登りと同じくらいに脚の筋肉に負担がかかる!という戒めを意識しながら駆け下りることなく、ある程度の速度を守りながら降りていきました。
これも過去の経験ですが、去年の半鯖の時に花背峠からの下りを4分前後のペースで駆け下りたら、鞍馬から足が全く動かなくなってしまい、鴨川沿いの道をトボトボと歩いてゴールした経緯があるので、今回は慎重にスピードを抑えて下っていきました。
ようやく視界を遮るもののないところから見る山々は、丹波山地とも呼ばれ、遥かかなたまで山並みが連なっていました。大自然を見て気持ちが元気になる瞬間です。
根来坂(ねごおりざか)峠を越えてからの下りは、ほぼシングルトラックが続き、朽木の山村に降りるとそこからは今度は緩い下りのながーいロードが始まります。
ロードが始まってすぐにトイレに行くべくボラの人に尋ねると「40mほどの所にあります!」
はっきり言ってもう少し距離は離れていましたねぇ~、おまけにそこで一つしかない男性用トイレに駆け込むと丁度老齢の方が一瞬早く入られました。仕方なしに私はジェルを取り出し、栄養補給をしておりましたが、そのお方、まだまだ便器に向かって立っておられます。ちょっとイラつき始めたかな?ワタシ!
「高齢だからキレが悪いのだなー」と思いながら脚の屈伸をしておりました。
そして見るとまだ・・・仕方なしにアキレス腱を伸ばし、そして見るとその老齢の方と視線が合った!
まだ便器に向かっている・・・「おいおい!」
ものすごく長い時間がたったように思いました。
そこから1kmも走ればすぐにエイドがあり、そこでそうめんを2杯いただき、おつゆも塩分補給のためと思いながらすべていただきました。ここのエイドは人も多く充実していました。
そしてかぶり水をして頭を冷やし、そしてスタート・・・・長いロード、苦しい時間の始まりでした。直射日光を受け次第に暑さも感じ、身体の塩分、ミネラル分が消失行くさまがあたかも感じ取れるほどに汗が噴き出してきます。
百里小屋のエイドから久多のエイドまでゆるい下りのロードで約15kmありますが、(460m―340m)この下りで足が動かず、6分前後のペースでも続けて走ることができずにすぐに止まるということを繰り返していました。股関節の痛みも出始めて止まってはストレッチしたり、少しでも前進と歩きもしますが、頭の中では幾度も「もうリタイアや!やめよう!」「とりあえず久多までは歩いてでもたどり着いてそこでリタイアしよう。」とリタイアしか考えていませんでした。もはや完全に気負けの状態です。
田んぼの中のあぜ道にそれてストレッチをしていると濱さんが声をかけてくれて励ましてくれました。その走りはなかなか順調そうでした。
少しはついていこうと後ろを追いかけましたが、すぐに離されてしまう始末。
濱さんが去年10時間のペースで走っていたというのですから、「このままでは私、10時間オーバーやな!」と思うとますますリタイアへの思いがつのりました。
走るロードの横には清流が流れ(針細川)、へたりきったメンタルの刷新、下肢の冷却をしようと幾度もドボンポイントを探し、「ここならいい!」と思いながらも結局は浸かることまで決断できず、ただ走り続けていました。しかし以外にも憔悴しきった気持も切り替わり、そして肉体的にも復活をさせてくれたものがありました!!
「もうあかんなぁ~」と思いながら飲んだ梅丹200!
これはカフェインが200mg入っていて気力が復活するかもしれないというあわよくばの気持ちをもって飲んでみました。
これで変わったのか、あるいは半鯖のコースと合流して半鯖のランナーの皆様の刺激をいただいたのか定かではありませんが、久多のエイドに着く頃には少し元気が出始め、エイドの手前で迎えてくれた北君に「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた時にはかなり回復していました。
ただ、この久多のエイドを中間地点としてこの先走り切れるかという自信がその瞬間は湧いてこず、とりあえずエイドでおにぎりをいただき、半鯖、本鯖のランナーが入り乱れた中でしばらく休憩をしていました。
徐々に気力も戻り始めたのは自分としてはやはり梅丹のなかのカフェインが効いたのだと思いたく、最後の切り札にもこのカフェインの入ったアリナミンにすがろうと思っておりました。
そして、この先は昨年も走って知っているコースでもあり、どうにか走り切れるだろうという思い、そしてもしかしたら職場の会報に「リタイア!」という文字で記載されたら恥だという思いも少なからずあり、とりあえずは先へと進もうと走り出しました。
がれた林道を半鯖のランナーはみんな元気に走っていきます。それにつられて同じようについていこうとしますが、やはり余力を残しておかねばならないと常にセーブをして歩(ほ)をすすめました。
次の登りはオグリ坂峠ですが、やはり渋滞気味のままランナーが歩き続けています。
決して無理をすることなく、力を温存するためにも流れに任せて峠まで登りました。
さぁ、八丁平の下り!と走りだしましたが、今度は右ひざの外側が痛くて走るどころか歩いて着地するのも痛いほどの状態。「これはやばいなぁ~」とトレイルの横にそれて後ろのランナーに道を譲ります。
途切れるのを待ってからゆっくりとしたスピードで走り、湿原を過ぎて林道へと出てからは草の生えた地面を選んで足の衝撃を少しでも少なくして走り続けました。と言ってもペースはかなり落ちています。
今までは、あまり痛み止めを飲むのは好きではありませんでしたが、ついにここでロキソニン1錠を飲みました。これだけの関節の痛みに効くかどうかはわかりませんでしたが、一か八か効けばもうけものととりあえず飲みました。
そして林道から尾越のエイドへ向かうシングルトラックに入りました。
ここは去年ぶっ飛びながら下っていき、追い抜いていく人に「早いですね!」と言われ、気持ちよく走り切った場所でしたが、今年は全く走れず、常に後ろからのランナーを気にして、追いつかれるたびに道を譲りました。
幾度も止まっては後続のランナーに抜かれ、気持ちもどんどん抜けていき・・・この下りでこれだけ痛いと花背峠からの下りは走れないな!と考え、「こりゃやはりリタイアだな」と、まずは鞍馬までたどり着けるかどうかと思いながら歩いては止まってを繰り返し、ようやく尾越のエイドにたどり着きました。
そこで水をかけてもらい、エアーサロンパスをぶっかけ、そして柑橘類を多めに取り、おまけにロキソニンをもう一錠飲み、天にも祈る気持ちで薬の効果が出るのを期待しました。
尾越のエイドからはしばらくフラットなロードが続き、ゆっくりながら走り続けました。幸いにして平地では痛みを感じることもなく遅いペースながらも距離は稼いでいました。
山間の集落を越えて前坂峠に差し掛かり、大見までの下り坂になります。
去年はここもそこそこの速度で走っていたのですが、やはり膝が痛くなったのを思い出し、この下り坂をクリアーできるかどうか不安がよぎりました。
峠を登り切り、坂を下り始めました。以外にもあまり痛さは感じない様子!これは薬の効果かも!ラッキーとゆっくりとですが下っていきます。
見覚えのある景色、一昨年はここで写真を撮っていた場所!こうして自分も走っている不思議な感覚と思いを感じながら大見のエイドを目指します。
大見のエイドでも水をかけてもらい、そしてコーラーを2杯いただいて気力が回復しているのを感じながら杉峠へと登り始めました。
例年、ここの周辺は晴天が続いても道がぬかるんでいたり、あるいは大きな水たまりがあったりで走りにくい箇所ですが、今年はぬかるんだ場所は数か所だけで走りやすかった。
このころには足の痛みもほぼなくなり、無理はできませんが軽快に足も動いてくれました。
いつものことですが、ここで快調とばかりに無理をすると後でその反動が必ず来るのがロングRunの常ですので、逆にここで栄養補給や脚吊り防止のサプリを飲みました。最終兵器のドリンク剤は花背峠を越えてからの爆発のために残してあります。
このころにはランナーズハイというとさもかっこいい表現ですが、思考あるいは意識が走ることだけに向けられて不思議と痛みや疲労感がなくなってきていました。実際は薬物症状でしょうね(ロキソニンです)
杉峠のエイドではテレビクルーの方が取材&撮影をされていて、映像に映り込もうとしましたが無理とあきらめて、先を急ぎました。
いよいよそこからが下りの始まりで、鞍馬まで約6.4kmで550m、ゴールの出町柳まで19kmで770mの下りが続きます。それゆえ60km近く走ってきた足腰には約2時間もの間、過酷な負荷がかかり続けます。いつまたひざの痛みが出たり、あるいは股関節の痛みがぶり返すのではないかとひやひやしながら走り続けました。
改めて思いますが、花背峠から出町柳までこれほど距離があったのですね。
去年はこの下りで4分前後のペースを目標に下り続け、その反動で山幸橋からのロードが全く走れず、鴨川沿いの道も疲れ果てて歩いていました。
今年は5分30秒程度を常に意識して下り続けました。坂の途中ではやはりひざなどが痛いのか身体をそり返しながら痛みを我慢して走っているランナーを数人見かけました。
しかし本当に薬物の力が恐ろしくも作用したのか、あれほど痛かったひざの痛みやさらには股関節の痛みもほぼ感じることもなく鞍馬までを走り切りました。
鞍馬では坂練の時にいつも寄って山椒まんじゅうを食べるお店のおかみさんが店頭に出て声援を送ってくださっており「いつも寄らせてもらっています!今日はパスしますわ!」と言うと喜んで手を振ってくださいました。
鞍馬までくればもはやここは走り慣れた道で、どうにかゴールまでたどり着けるという思いが強くなってきました。あとはこの今動いている足をいつまで動かし続けられるかを意識し、そしてそれがためにパワーをセーブしたり、またジェルやサプリ、あるいは水分を取り込んでこの動作をキープしなければならないと考えていました。
Ultimate Weponのアリナミンドリンクも摂取し、最後のランに備えておきます。
わぁ~この道、この景色と坂練の仲間とのRunを思い出しながら自分を励まし、そしてそのメンバーの一人の高さんがクリーンセンターを越えたあたりで応援していると言われていたので、そこまでたどり着こうとする思いがパワーにもなってきます。しかし高度も下がり、町のはずれとはいえ都市部に入ると体感の温度はかなり上がったようで汗もかなり噴き出し、さらに疲れを助長していきます。
少しずつ少しずつではありますがクリーンセンターへの上り坂も走り切り、そして下りに差し掛かって周囲を見ますが高さんの姿が見えません。「あれ?」と思いながらも走っていましたが、行けども行けどもそれらしき人影が見えない!
あらら!もしかしたらもう帰ってしまったのかな?などと思いながら少し落胆した気持ちを引きずりながら山幸橋の交差点を曲がろうとするとエイドがありました。
私設エイドらしくスルーしようと横目で見ながら走り抜けようとしたら、見覚えのあるお顔‼
地獄に仏ではありませんが、千さんのお顔が飛び込んできました。いつものにこやかな笑顔で他のランナーの方とお話をされています。
「私、京都のトレランを楽しもうに入っています」と他のランナーの方がお話をされている横から、「私も変態&ドMを楽しもう」に入っています。と言いかけましたが、周囲の方がいらっしゃるのでそれはやめて「私も入っています」というとようやく千さんが気付いてくれて喜んでくださいました。その横では一升瓶を小脇に抱えて加さんがにこやかに、楽しそうに座っていました。そして高さんはそこでエイドボラをされていました。会えて良かったと思うと同時に知っている方に会えると、それも苦しんでいる時にあえて、そして応援をいただくとものすごくテンションも上がり、元気も回復するものですね。ありがたく感謝した次第です。
そして走り出してすぐに「がんばれ~」という声が聞こえ、誰だろうとみると飯君が車から手を振っていてくれました。わざわざこんな所まで応援に来てくれたのか!あるいはどこを走っているのか探しに来てくれたのか?と感動しました。「あぁ、ありがたいなぁ!」と思っていました。この時は!でも後からのコメントを読むと千さんの私設エイドの応援に行く途中だった!だけのようです。チャンチャン!
でも勘違いながらも応援に力をいただき、先を走ると今度は鴨川走友会のたかっちさんのエイドがあり、ここでかき氷!と思いましたが、大盛況で、おまけにたかっちさんは鴨走メンバーの女性と楽しげに話しこんでおられたので待っているとタイムがさらに遅くなってしまうのでスルーしました。
かき氷、イチゴ味でほしかったな~、いやミックスにしてもおいしかっただろうな~と思いながら、ボトルから最後の水を飲んでゴールへ向かいます。
河川敷の道も順調に、しかし「止まりたい!」という思いと「走れ!先を急げ!」の思いとの葛藤の中、視界に入るまずはあの橋まで!と懸命に走ります。
今回は御園橋が工事中のため、その橋の下を通ることができないので一度市道に上がり、そしてまた河川敷へと降りて走らなければなりませんでした。そのためにきっとその市道の信号で止まることになるので、みな共通に強制的に止められるので「これはラッキー!」と思っており、とりあえずはそこまでまずはたどり着くことに懸命になりました。
予想通り御園橋の信号ではきっちりと止められ、その間、私は歩道の鉄柵に腰かけて足を休めました。そしてそのまま川沿いに道を渡るのかと思えば、反対側への道へと誘導されて信号を渡ります。つまりすぐ向かい側に渡れずに、三回待ってその反対側の道へと行くのです。ですから三回休めました。これはいい休憩になりましたね。
そしてその待っている時に他のランナーのゼッケンを見ると、本鯖のランナーは私と他2人で、後は皆さん半鯖のランナーでした。ですから順位を気にするならその本鯖のランナーの2人に負けなければ順位は下がらずにすむわけで、ここからはこの二人には負けないように駆け引きをし、それでいて残り3kmほどを5分30秒くらいのペースで走り切ることを考えていました。
まだ3kmもあるのかという思いと、「リタイヤ、リタイヤ!」と思いながらも良くもここまで走ってきたな~という思いの中、意識しなければならない本鯖ランナーのペースが遅いのでやり過ごして、先を行く半鯖ランナーについていきました。ペースは5分25秒前後。このまま走り切れるかな?と思いながらとにかくは先を行くランナーに刺激をもらいながら走っていきます。
遥かかなたに見えるあの建物がゴールに近い場所だ!と自身を鼓舞しながら懸命に足を動かします。
橋の下をくぐり、ほんの少しの上り坂が過激に苦しさや辛さを呼び起こします。北山橋をくぐり、北大路橋をくぐり・・・もはやその小さな上り坂でさえ歩くようになってきました。
川岸にはシートを敷いてランチをしている家族やスポーツに興じる若い人たち、そして寝転んでいちゃつく外人カップル、あるいは小さな自転車で走り回る子供や日傘をさして犬を散歩させているご婦人・・・・みんなのんびりしているな~と視界の隅に見やりながら淡々と次の橋を目指します。
「あと1km」の看板も目に入りましたが、とりあえずはこのリズムのまま走ることに専念し、ペースを上げ無理をして脚に吊りが来れば動けなくなることも頭をよぎったので、あそこまで、あの場所までへとゆっくりと流していきました。
頭の中で走ってきた道程を振り返る余裕も、そして苦しく辛かった思いも浮かぶこともなく、ただひたすら思いはゴールへと向かっていました。流れゆく景色の中、前を行くランナーを追い抜く時に「いい走りですね!」と声をかけてくれて、「お~し!最後のスパートで走り切ろう!」と声をかけてそこからスパート!およそ最後の300mは4分16秒で走り切れました。
ゴール周辺の景色は視界に入らず、ゴールのそのゲートだけしか記憶に残っていません。
ゴールしても歓喜することも感動もあまりなかったな。
ただ終わったという思い、あるいは走り切れたという達成感に支配され、それでいて虚脱感と疲労感でしばし頭が呆然として周囲でボラの方が説明してくださる言葉も良く分からない状態でした。
しばらく座り込み、ようやく動く力と思考回路が戻り、我に返りました。
辛く苦しかった一日、長く遠かったゴール、今走破して一つの結果を残せたのは何よりも素晴らしいことでした。京都トライアスロンクラブの各位、そしてボランティアの皆様、そしてエイドでお世話になった方々には深く感謝と敬意を表したいと思います。そして応援してくださった皆様ありがとうございました。
股関節の痛みやひざの痛みに耐えている時、リタイアばかりを考えている時にはもう「走る」ということから卒業しようと思いました。この年齢でタイムを意識して走ることの過酷さは、時間的には自由があっても精神的な余裕がない今の状況では練習も十分にできない。それでもレースに出れば、ガンバフンバするのが当たり前のように奮起して走ろうとする。やはり日々の積み重ねが成果を出すこのスポーツではかなり厳しいと思えてしまう。
「楽しめばいい」とファンランはやはりまだできない。
その時間との闘い・・・低次元での戦いですが・・・の興奮・歓喜そして走り切るという喜びと達成感のその分岐点は今どこに置いているのかわからない。
そもそも興奮刺激のないrunはまだ受け入られないのかもしれない。それだけにその感性がなくなったら、あるいはないのならやはり走りからは「卒業」するかもしれない。
走り切った!という達成感を得るだけのために走る年齢はまだもう少し“向こう側”にあるのかもしれない。