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朝に唄えば

I'm singing in the morning.









まずは朝に浮かんだ「よしなしごと」を綴ることからはじめます。

音楽好きにはたまらない名作「ハイフィディリティ」で有名なイギリスの小説家ニック・ホーンビー。
彼の著書「31 songs」にちなんで、自分の好きな曲の中から選りすぐりの51曲についてのエッセイを綴っていこうと思います。

同じような試みは、数年前にmixiで「心のベストソング100」と題して書いたことがありました。
ただ100曲となると焦点がぼやけてしまった感もあり、、。
ここからあらためて仕切り直してみます。

毎週1曲ずつ書いたとしたら、約1年かかる計算です。

願くば、自分ならではの音楽にまつわる文章が、皆さんが暮らしの中で触れてきた幾つかの大切な曲を思い返すちょっとした機会になれば。

iTunesに代表される音源のオンライン化はきっとこれからどんどん進み、音楽のあり方はもしかしたらすっかり変わってしまうかもしれません。
それは良いとか悪いとかではなく、時代の趨勢であり避けては通れないもの。
ただし、本当に世の中や物事が変わるとき、変わってしまった後でそれ以前を思い出そうとしても思い出せなくなります。

駆け足の時計の針と夕暮れ色のノスタルジーが、記憶のレンズを曇らせてしまうその前に。

よろしければ、おつき合いください。

原題 BANDE A PART
1964年作品 (フランス)
監督 ジャン・リュック・ゴダール
主演 アンナ・カリーナ、サミー・フレー、クロード・ブラッスール
音楽 ミシェル・ルグラン

このところ下高井戸シネマという名画座によく足を運んでいます。
そこで現在開催中の「ゴダール映画祭」で第1週「勝手にしやがれ」第2週「気狂いピエロ」に続いて上演されているのが本作。

モノクロームで描かれるアンナ・カリーナとふたりの青年の三角関係にまつわる物語です。
あらすじ自体が強盗を企てる話なので決して明るい話ではないし、ゴダールの映画っぽく(と言ってもまだ3作しか観ていないのであくまで個人的先入観ですが)、どことなく不穏な死の雰囲気も漂っています。
でも、アンナ・カリーナがとにかくかわいい。
彼女が笑ったり眉を八の字にして困った顔をするたび観ている側もすべて許せてしまうくらいです。

DVDにもなっているようなので、足を運べない人もぜひ。
(ただし疲れきった金曜日の晩などには、よい子守唄かわりになってしまうおそれがあるので雨の休日の午後になど。)

ルーブル美術館を3人で駆け抜けるシーンとか、マディソン・ダンスという当時流行のダンスを踊るところとか、個々の場面も心に残ること間違いなしです。

http://www.youtube.com/watch?v=NDHPTvADJ9s&feature=youtube_gdata_player

この映画の撮影中はゴダール監督とアンナ・カリーナは公私に渡ってのパートナーだったというエピソードをきくと、アンナの素敵な表情をよく知っていて、監督自身がそれに惚れ込んでいたからこその映画なのかな、とも思いました。

ゴダール作品を3作観てみて、「映画らしさ」って何なのかを考えてみています。
映画だからこそ伝えられるものって何なのでしょうか。
物語それ自身の素晴らしさならば、小説でも伝えられるだろうし、瞬間の輝きであれば写真というやり方がある。
その疑問に照らし合わせて3作品を観ると、「映画でしか伝えられない何か」がどの作品にもあると確かに感じられました。
あえて言うなら、ストーリーやセリフはもとより、話し方や写し方を含めた「雰囲気」とか「間(ま)」だからこそ伝えられる感情、というところでしょうか。
その「何か」が何なのか自分の言葉でもっとうまく話せるようになる日を目指して、本や映画や音楽のレビューなどをブログで書きながら、考えていきたいと思います。



下高井戸シネマ
http://www.shimotakaidocinema.com/index.html


iPhoneから更新できるようになったので、ブログ再開してみよう。