INTRA DIALOGUE -5ページ目

歳をとった

気づいたら今日は誕生日だ。

25歳になった。


これで,四捨五入すれば30になる年齢になってしまった。

もう,若者ぶるのはやめよう。


改めて,就職しないで学生を続けていることに危機感を覚えた。

毎年,歳取ることに凹んでるけど,

今年に関しては,働いていないことへの罪悪感に苛まれている。


受験滑ったら,さっさと就職しよう。

ひた走る

ただいま,修論の執筆と院試の準備に追われて爆走中です。


それの中で,この一ヶ月で三箇所の研究会で,

自分の研究を発表しています。


先週末もとある研究会で発表したのですが,

そこでは,なんと,受験予定の二つの院の希望の指導教官が二人ともお見えになられるという凄い状況での発表でした。

仮想院試の面接試験みたいな気持ちで発表しました。


発表では,それなりに論理をつめてレジメを作ったつもりでしたが,

そこは,さすが天下の旧帝大の中でも,最強の頭脳を持った教授陣,完全に丸裸にされてしまいました。

発表終えた時点で,心の中で「俺,終わったな」と思いました。


でも,その後の飲み会の時,より率直に感想を伺ったところ,

問題はそれほど大したものでは無く,文章の見せ方をよりクリアにすればすぐ解決するとのことでした。

勇気付けられるコメントも頂き,非常にありがたかったです。


しっかりした研究レビュー,問題に関する検討,現実のデータと格闘してきていれば,

僅かな枚数のレジメと,僅かな時間での発表であったとしても,

優秀な方なら,その裏にあるものを汲み取って下さることが分かりました。


もう,目の前に,節目が見え始めている。

僕は,ひた走る,ひた走る。

一期一会

現在の僕の生活は,

様々な人達との出会いの連続だ。

出会う人々は,男女を問わないし,職域を問わない。


出会いの多くは,夜,お酒を飲み交わす場にある。

互いに互いの心を乱さない程度のこなれた距離感を取りながら,

それなりに楽しい時間を過ごす。

そして,時間がやってくると,

皆,「また会いましょう」と言い,軽い会釈をして,別々の電車に乗る。


それはあまりにも日常的で,普段は気にもしないのだが,時々ふと思うことがある。


僕らが,さよならの場面で口にする「また会いましょう」という言葉。

それは,決して約束じゃない。その言葉には,未来を拘束する力はほとんど無い。

僕らは,大方,再会が生じないことを知っているし,また,再会を強く望んでいない。


じゃあ,なぜその言葉を選ぶんだろう。

多分僕らは本当の意味を知っている。

再会が無いと薄々気づいているからこそ生まれる言葉。

人の生と生が触れ合う一瞬に対する精一杯の配慮。

それと同時に郷愁に満ちている。

そこには,酷く手ごろな愛の歌がある。

それは,僕らが昔探したけど,手に入れられなかったものに似ている。

でも,それは,薄明かりの中でしか形をなさない。

だから,朝が来る前に言わなきゃならない。


ほら,「また会いましょう」

心の奥底にあったもの

この数日,僕は幾つかの過ちを犯した。


その中で,直面したものがあった。

それは,自分の心の奥底に潜んでいたもの,

言い知れぬ「寂しさ」だった。


今思い返せば,それは,

夜不意に目覚めて意識水準が低下している時とか,

また,アルコールを飲んだ後の夜半過ぎとかにこれまでも現れてきていたように思える。


僕は,中産階級の平凡な,しかし,穏やかな家庭に生まれ育った。

僕はその中で,特別な裕福さを経験した分けではないが,

その代わりに,人は互いを信頼し,その信頼故に過ちなど直ぐに許されるだろうという,

穏やかな関係性の信念を受け取ったのだと思う。


ただ,その信念は,社会適応において,それほど有効に機能しなかったように思える。

やがて,小学校に上がった頃から,人は,それぞれの受け取った信念を足場にして,

より多くの他者の中にその身を投じることになる。

そこでは,現実社会とその信念の擦り合わせが生じ,

もし,その信念が現実社会にそれほど適合的でないのであれば,

人は,より適合的な質へと信念の修正を余儀なくされる。


僕もまた,例外なく,信念の修正を余儀なくされた。


僕の場合は,人との信頼がそれほど楽観出来ないもので,

常に闘争と共に獲得されうるものであるこのだと,現実を捉え直した。

そして,何時しか,僕は,信頼という言葉を使うことに慎重に,

いや,むしろ,敬遠するようになり,

新たな信念に塗り替えられた現実を生きるようになった。


しかし,この作業は,PCでデータを書き換えるようにはいかない。

幼少期に身体の隅々まで刻まれたその信念は,

新たに形成された信念に覆われながらも,

常に,綻びから顔を覗かせた。


かくして僕は,

幼少期の信念と,現実に即してオーダーメイドした新たな信念の板ばさみの中で生きることなった。

「人は信頼し許し合えるはずなのに,現実はそれほど上手くいかない」

「現実は上手くいかないけど,どこかに信頼し許しあえる世界があるはず」,というジレンマを抱え。

そのジレンマは,関係性の中に,常に「寂しさ」を生み出し続けたのだと思う。


もちろん,それは発達の過程で,さしたる問題とはならなくなったのだが。

でも,やはり,それは消え去った分けではない。

気を緩めると,不意に現れる。

未だに,これだけ自己を揺さぶる力を持っている。

多分,一生このことと向き合っていかなければならないのだろう。



さて,

ここまで書いた全く推敲していない稚拙な見解は,僕の勝手な直感であるけど,

どこか精神分析と近い気がしないでもない。


僕は,研究者として,精神分析を支持するポジションには無いのだが,

彼らの人間に対する洞察には,卓越したものがあったことは確かだと思う。


僕は,彼らの捉えようとした現実に生じうる現象を,

僕なりの理論と言葉で焼き直したいなと,思わなくも無い。


それは,現代の心理学者としては必ずしも生産的な作業とは思わないけれど。

共感されたいと思うこと 理解されたいと思うこと

他者に自分の思ったことを伝えることは凄く難しい


そんな事を思いながらこんな歳になってしまった


他者との距離感の取れなさ,危うき10代


でも,共感を求めることは他者の心を自分の想像力で埋め尽くしてしまうだけ


その向こう側で他者は他者として生きていた


何時かしら,そんなことに気づいて,想像を止めた諦めの20代


でも,今はもう少し変わって,やっぱり他者に伝えたい


でも,それは青臭い共感されたいという気持ちとは違う


僕は今,話す言葉の意味を理解して欲しいと思う


そして,君の心に率直にNOと言ってほしい


たまに僕がまともな事を言ったとき,ほんとにたまにでいいからYesと言ってほしい


もう,話してる言葉の意味すら共有出来ないなんて,そんな,初歩的な所で立ち止まっていたくない


何で,こんな当たり前のことに気づかなかったんだろ


自明だと思い込んだことを疑って,疑って


きっとまだまだ大切なことがそこ,ここに埋もれてる