しあわせのかたち -3ページ目

しあわせのかたち

ここでしか言えないわたしのしあわせのかたち。

色んな道があり

それを選んで君は進む

どこに行くかは君次第
君の心が教えてくれる
子どもも大人もみな同じ
母なる地球の愛しき子

だからどこも繋がって
それぞれ大事な役目があって
人はそれを使命と呼んで
志した人強し

みんなの想いが繋がって
平和な世の中広がって
幸せな未来が見えること
それが私の目指す道

どこまで続くかわからない道
死んでも来世で続いてく
そんな未来が続くこと
果てなく世の中回ってく

"地球の子どもの幸せな
未来を創造する"ことが
今世の私の使命だと
命を使い果たす道

一生かけて果たす道

【ゆめのたね】
あなたの夢はなに?
あなたにとってのゆめのたねは?
どうやってそのたねを蒔く?
今やってることってゆめのたねを蒔いていること?
それは独り善がりではない?

私の活動の目的は?

じゃ、夢は?

それを具現化し、進んでいこう!
楽しいだけが私の目的ではない。
それをいつも肝に銘じよう!
私は私でいいんだ。
やっぱり楽しいこと、刺激的なことが好き。
それもいいんだ。
認めてあげよう!
そしていつも心に
~Smiles of children are for Mother Earth.~



それ、オトナのエゴじゃない?
ホントにあの子のため?
結果オーライなの?
ただただ、その時の精一杯。
未熟な私にはわからなかった。
ただ、支えたかった。
それでは場がまとまらない。
そんなのどうでもいい。
あの子の今を支えたい。
あの場で突き放すのが強さであり、
あの子のためだなんて私は思わない。
今、あんなに苦しいのに
「ほっといていい」
あの声かけに私は怒りと哀れみを覚え、
あの子と私のために泣いた。
それも私のエゴ?
同調できない私たちが悪いの?
そんな空間くそっくらい。
あの子があの子らしく自信を持って生きられるように。
我慢を覚えることではなく、
自分を信じていける強さを持たせてあげたい。
私が私らしく生きられるように。
私も修行中。
だけど、あの子と違って選択出来る権利を持ってる。
オトナってズルいね。
あの子はそんな選択、出来ない。
結局オトナの意のままに。
貴方に伝えたい。
自分への愛情を大事に。
オトナのいうことなんてくそっくらい。
そのくらい思える強さ、貴女は持ってる。
大丈夫。周りを気にせず、自分を信じて進めば良い。
時々頼って、立ちどまって。
少しずつ、周りを知っていければいい。
今のあなたを丸ごと大切に進んでほしい。
貴女の今しか支えられずにごめんなさい。
心ではずっと支え続けます。
素晴らしき人生を!
祈っています。
しあわせ・幸せ・仕合わせ
信じているから訪れる
もし今はそれを疑っていたとしても
辛抱強く信じ続ける

信じて、行動していけば
自然に愛されていく

そのあとは自然のなすまま

それがわたしの「しあわせのかたち」



一人ひとりの子どもを
信じ、受け入れ、支える

子どもたちの育つ環境を整える
自然との調和の中で生きていけるよう
食、遊び、学び‥

子どもたちの心と体が育つには
大人の大いなる心と知恵がいる

「子育ち」と「親育ち」
子どもが親から学ぶよう
親も子どもから学び、
共に育つ「共育」

そんな風に謙虚な気持ちを持ち続けよう
子どもたちがこの社会、世界、地球の
未来を背負っているのだから


こどもの日にて
"Smiles of children are for Mother Earth."
by Kids Future Creations.
「我が子を子どもと思っていない」
友人が考える「子ども像」と「子育て」観を最近、
私が「意識して子どもと接している」という友人へのコメントに対する回答です。
謙虚で素晴らしい親の姿勢だと思います。
多くの人がこの想いを子どもに持つ事が出来れば多くの子どもと親の幸せが
見えて来る気がします。
「 本当?それは良かった!確かに自分の思いを押し付けるって偏ってしまうかもしれないし、相手がそれに応えてくれないなら、なんでなんで?ってなって苦しく感じるかも…。
私の場合は、なんか自分が未熟なのに、なんだか子育てって聞くと、育てるだなんておこがましいというかね(^◇^;)
それでも同じ運命共同体で自分よりも小さいからフォローは確かにしなきゃならないけれど…
同じ生活を共にする家族として、自立出来るように共に成長していきたいな。
単なる気持ちの持ちようなのかもだけれど、それで気が楽になるならいい事だ((*´∀`*))」
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「子どもは自分の所有物」という意識はないまでも行動がそうである事が多々あります。私がそうでした。
私自身が変わったのは、先日スクーリングを含めた旅で様々な方々とお会いしたり、学んだり、自分を見つめる中で「自分は自分であって、人がどうこうは関係ない。私は私。私の道を行く」という意識を持った事で、子どもも同じだと実感しました。
「人は皆違う」のです。自分の想いを子どもに向けても子どもといつも通じているわけではないのです。子どもが親の言いなりになってしまいかねません。それは子どもには酷すぎます。私はそれを長らく続けていました。
それでも変われたのは、様々な出逢いのおかげでした。
それから彼女のいうように「子育て」より「子育ち」に焦点を当てて、子どもと接するようになり、自分の想いを押し付けて叱りつける事が無くなりました。
これは私の中で本当に大きな変化となりました。子どもにもそれは伝えており、子どもたちも実感してくれています。
彼女が我が子を「運命共同体」として考える事はまず「子どもを一人の人間として尊重する」想いが先にあるから起こることだと思います。
それは頭では重要な事だというのは3年間の幼児教育学習を通して分かっていました。でも半年前に彼女にこの話を聞いた時、自分はこの意識を我が子に持てていない事にはっきり気づきました。
そしてそれを実行できるまでに半年かかったわけです。
人間大人になっても成長の連続です。
今後、我が子以外に多くの子どもたちと接したり、子育て世代の保護者と接したりしていきますが、子どもに対しては特にこの気持ちを忘れず、大人に対しても寛大に捉えらえていけるよう一つずつ子どもたちに負けないくらいの成長を果たしていきたいと思っております。
「子どもの育つ力を信じる」
これがキーワードです。
同じように私たち大人もまだまだ成長です。
人は幼少期に親や周囲から受けた
人生における価値観を形成する
それが「人生脚本」

多くの人はずっと同じ脚本で
人生を歩み続ける
子どもから大人へと大きく変化しても

そこに窮屈さを持っているならば
随時書き換えればいい

そうやって人生を拓いていこう
母は分かれ道で迷っている
子は後からついて行くが不安そうだ
それでも二人はじゃれ合って子どもらしい

母が道を通らず
草木生い茂る場所をかき分け
進んで行く

子は恐れながらもついて行く

少し立ち止まってみた

子は母の背中にしがみつき
離れない

母はやっと子の不安さに気づいた
でもかける言葉がわからないでいる
子の不安を取り除いてやれないでいる

とりあえず二人を抱きしめる

母の不安を言葉に添えて


「縁の糸」は質によっては簡単に切れてしまう。

自然に切れてしまったり
自ら切ってしまったり
相手が切ってしまったり

その切れてしまった糸は紡ぎ直す必要はあるのか?

しっかりとした糸は簡単には切れない。
自らも切ろうとしない。
相手もそう思っている。

細い糸でも太い糸でも使い方次第で
様々な形を生み出し、
他の縁を繋ぐ。

今は切れてしまった細い糸を紡ぎ直す気になれない自分がいる。

縁があるなら、自然と形になってくれる事と信じるしかない。
ただ‥
寂しさが残るだけ。

縁のつながりは人を豊かにする。

因縁もまた、善き縁へとなる。


その縁は自然とつながり、

出逢うべくして出逢い、

人を豊かに導く。


その縁に常に感謝し、次へとつなぐ。

それは「和」となって「あなた」をつつむ。