ふと思い立って
久しぶりにペンをとってみたが、
やはり現代っ子の俺には電子機器の方があっているので
せっかくだから
ここに書く
俺が最近よく思い出す
俺の今までについてのことを
大阪
16歳の母と、27歳の顔も知らん父との間に、1993年12月25日に生まれた
母親は、当然のように育児放棄
俺は祖母に育てられた
10歳のとき、祖母が病死
母親には俺を育てることが不可能だと、なんだかしらんが偉そうな大人は言った
そんなこんなで施設に入ることに
そこで、出会った
「この世の終わりみたいな目ぇしたガキやな」
桜が俺を見たとき、第一声はこれだった
桜は当時15歳
何年か前に片親だった父を亡くし、それから施設にいるらしかった
“らしかった”と言うのも、その頃の俺は桜…ってか他人に全く興味がなかったから、記憶が曖昧
桜とは同室だった
「男のくせに桜って名前、嫌やないの?」
桜に、そんなこと聞いたことがあった
「あほか。母親からの最初で最後の贈り物やで、嫌なわけないやろ」
桜はそう答えたと思う
桜の母親は桜を産んですぐ亡くなったらしい
元々身体が弱く、リスクを承知で桜を産んだ
その遺伝なのか、桜も身体が弱かった
桜はいつもギターを弾いていた
時々歌をくちずさみながら、ギターを弾いていた
アコースティックギターだった
父のものだと言っていた
俺はそれを黙って聴いてた
とくに何も考えずに
「お前も歌うか」
突然桜はそう言った
そして弾きはじめた、でも、俺は黙っていた
「なんやねん」と苦笑しながら、桜はまたひとり、歌い始めた
いつの間にか、桜のギターを聞くのが日課のようになり、また楽しみにもなっていた
アコギのナイロン弦のフィンガーノイズが心地よかった
桜の声は、低くはなく高くもなく、ギターの音と調和する音程だった
それから
家族の話をした
友達の話をした
自分の話をした
恋愛の話をした
とにかく、いろんな話をした
桜は
「お前5つ下とは思えんわ」
といつも言っていた
そしていつの日か桜は
「俺がお前の兄ちゃんやな」
といった
嬉しかった
桜はいつも
独りじゃないこと
俺に伝えててくれた
一回目の別れは中1の秋だった
母親の勝手な都合で、
東京へ行くことになった
出発の日
桜と一度も口をきかずに、発った
そしてその日から
地獄のような2年半がはじまった
東京へ来てからのことは、あまり思い出したくないです
俺はギターに没頭していた
桜の面影を追ったのか、
当時の心境は思い出せない
桜の弾くギターの音が
頭の中にずっと響いてた
母親が家に連れ込む男が何度となく入れ替わっていたのと、毎朝一万円札がテーブルに置かれていたのだけ覚えている
あとは、ただ、独りだった
耐えられなかった
中学卒業後、俺はひとりで大阪に戻ることを決めた
そして、高校に入学
大阪に戻ってすぐ、施設を訪れた
そこで連絡先を手に入れ
すぐに桜に連絡した
久しぶりに再会した
桜は社会人になっていた
でも、2年半の空白を感じさせないような、昔のままの2人だった(と俺は感じた)
高校生活では、軽音楽部に入った
バンドをやりたいわけではなかった、ただギターが弾きたいってだけの理由
相変わらず他人に興味がない&関わるのが面倒だった俺は、1年の頃から度々授業をサボった
第二棟の学習室B
ほとんど鍵がかかっていなかったため、サボるときは決まってそこにいた
そこはお気に入りの場所でもあり、
そして
生涯の親友との出会いの場所でもある
「あ、お前軽音部見学きてたやんな!」
入ってくるなり、紫苑はそういった
“アホみたいにチャラチャラしたやつ”
第一印象はそれだった、うん
紫苑は俺にシカトされようが、一喝されようが、何故だか知らんがよく懐いてきた
出会ったその日から学習室Bによくくるようになって、いつの間にか俺も馴染んでいた
「なぁ、バンドやろうや!」
最初にそう言ったのは紫苑やった
俺はこの時ただ“馴染んだ”というだけで、紫苑にたいして特別な仲間意識は持っていなかった
が、
紫苑はとことん人の話を聞かなかった
いわゆるアホだ
「お前のクラスの、岡崎(仮名)っちゅーやつ。ドラム叩けるから確保しといてな」
俺は流れに流されまくって、同じクラスの白哉(白たん)を誘ってしまった
そんなこんなで、バンドを結成したのが、梅雨の時期だった
そして
9月17日
2回目の別れが訪れた
桜が、死んだ
心臓発作だと、聞いた
その後しばらくは
本当に記憶がない
気付いた頃には
そこらへんで兄ちゃんや姉ちゃんと遊んでた
いわゆる、自暴自棄
しばらく、それが続いた
受け入れられなくて
受け入れたくなくて
ただ、ただ、毎日
誰でもいいから、肌を重ねるだけの温もりを求めて
酒をあおって
どうしようもなく、堕落した
高校はとりあえずぼちぼち行ってたけど
高校のやつらとつるむことはなかった
そんな生活が、続いて
寮の門限破りと、夜中の脱走のことが重なって
俺は退学寸前まで追い詰められた
俺はちょうどいい機会だと思った
断ち切ろうと思った
でも
「辞めんなよ」
俺を引き留めたのは、紫苑たちだった
「自分が誰にも必要とされないとか、自分で決めんなや!」
そう言われた
殴られた
「俺らにはお前が必要や。それはここにおる理由にならんのか!」
紫苑の言葉に白たんも黙って頷いていた
ここに居ってもええのか
そうはじめて思えた
学校側が事情を調べてくれていたおかげもあって、反省文の提出と、追試や課題だけで、退学を免れ、進級も出来た
今になって、学校には感謝してもしつくせない
高2の秋
新入生の中に新たな出会いがあった
ギターがひときわ上手い新入生の凌だった
数々の引き抜きの手の中から、凌は俺たちを選んでくれた
そして立て続けに
るいが加入
“ギターが弾きたい”
それだけ俺たちに言ってきた
そして俺はベースに転向
「バンド名考えてきた!」
ある日突然紫苑が言った
そして広げられた紙には
でかでかと
“ばっくれめいと”
と書かれていた
「ほら、俺らってサボり仲間やんか!」
そう言う紫苑に白たんは
「お前と徠玖だけやろ!」
と一喝。凌が爆笑。
今でも鮮明に思い出せる
[ばっくれめいと]誕生のとき
そこからはじまった
他のバンドみたいに派手にやるのはすきやなくて
ばっくれめいととしては音楽準備室でしかライブせんかったけど
毎回、廊下に溢れるくらい集まってくれた
紫苑とは何回もでっかい喧嘩したり
俺が可愛がってたゆうながマネージャー的存在になって、凌が玉砕したり
白たんとは夜中まで曲作ったり
こんなこと言ったらメンバーに笑われるかもしれんが
俺は、こいつらの輪の中に
家族を感じていたと思う
いや、もしかしたら家族以上の
あたたかくてここちよい
なにかを感じていた
なぁ、桜
お前の季節が来るたび、俺はお前を思い出すと思う
桜並木の下歩くたびに
「俺が満開やー!」言うてはしゃぐ
お前を思い出すと思う
はじめて、家族を感じさせてくれた
お前を思い出すと思う
でもな、寂しいわけちゃうねんで
俺、今家族おるんやで
ちょっとした都合で、離れて暮らしとるけどな
でも、俺はいつか帰るから
また、一緒に居られんねん
お前とまた一緒になるのは
まだ、もうちょっと先やけどな
俺の兄ちゃんは桜だけやから
そっち行ったらさ
今度こそ、俺も一緒に歌うから
また、ギター弾いてくれな
あのアコギ、俺がちゃんと持ってくから
俺と一緒に弾いてくれな
俺より後か先かわからんけど、
今こっちにおる家族も紹介するから
みんなで音楽やろう
みんなで家族やろう
長々と書いたけど
これを書いて、(ほとんどおらんやろうけど)読んだやつに同情してもらおうとかやないで
俺、幸せやもん
血のつながった家族なんて居らんくても
こんなに幸せや
今、会えんのは辛いけど
今だけは確かに辛いけど
でも、そんなことで壊れる関係やないから
今は後先のこと考えてる場合やない
生きていかなあかんのやから
最低な冷たい世界で
最高の暖かい家族に包まれて
俺はいつか
笑って、死ねるよな
幸せやったぞーゆうて
笑って、な