『 学 と 毒 と 淫 』 -2ページ目

『 学 と 毒 と 淫 』

戯れ言と自嘲と…





今の子供って
大人に無理強いされてばっかだと思う





大人たちが勝手に決めた
“歴史”とか“方式”とか“法律”とか

いわゆる実在する“事実”とか“決まり”
なんて言うモンを


ロクに考えさせもしないで丸呑みにさせといて


あとで失敗したり、間違ったりしたときに

「もっと考えて行動しろ」

なんて

無理な話だろ





今の大人もそういうモンを
丸呑みにしてきたヤツらばっかだ

だから自分の知ってる“事実”や“決まり”と
ちょっとでも違えば、反論する

自分が正しいと信じきってる
可哀想な連中だ






だからって、“事実”とか“決まり”が
無駄かといったら、それは違う 


ただ、そういうモンをいくら知ったところで
使いこなせなきゃあ、意味がないだろってこと


世の中には矛盾する“事実”や“決まり”だってある


だから違う意見をもったヤツらが討論したって
それは単なる水掛け論だ


みんなおんなじ根っこを持ってりゃ
おんなじような草しか育ちゃしない

こっちの葉っぱが美しいだの、
こっちの方が色がいいだの言ったって
端から見りゃあみんな同じ

大事なのは根っこの部分だ





つまりは最初から考えさせればいいんだ


与える“事実”なんて
ほんのちょっとでいいんだよ


大人はただ、子供が根っこから考えだしたモンを
違う視点から見たアドバイスさえできればいい


そしたら子供は
「そういう考えもある」
「その方がいいかも」
とか考えられるだろ


それがいわゆる“応用力”


それがなきゃ、脳みそに貼り付けただけの知識なんて
何の役にもたたないんだよ

 




もっと、考えさせろ


必要なのは知識だけじゃないだろ


量産的に、中途半端な大人をつくるんじゃなくて

時間がかかるかもしれないが、自分なりの根っこ持った大人をつくるんだよ


大人になるときなんて、いつだっていいんだよ





そうやって根っこの部分が違ってくれば

こっちの花が美しいとか、
こっちの色がいいとか、

“根拠”のしっかりした討論ができるだろ





かく言う俺も、

いったい何に必要なのかわからねぇ知識貼り付けられて

大人が決めた“ゆとり”っていうレールの上歩いて

「ゆとりはダメだ」とか
つくった本人である大人にいわれて

そんなよくわかんねぇ世界に生きてる
妥協の塊





いくらこんなこと思ってみても

変えられるのは俺じゃない

俺が“可哀想”だと言ってるヤツらなんだって思うと
すこし可笑しいなw





まぁ、そいつらが今のこの世界を
“事実”と捉えてるならそれでいいし

今から変えてみたって
俺には到底関係ない時代になってるだろうし






こんな戯れ言を吐いてる俺が

ホントは一番可哀想なんだよな













よし、仕事がんばろ