その店で食事をしたのは今日で3度目だった。ある用事の前の腹ごしらえに立ち寄った。
お腹も満たされ満足しつつ会計をしようとレジの前でバッグを開けた瞬間、「ア――ッ!!」と血の気が引
く思いがした。なんとしたことか財布が入っていなかった。もっと正確にいえば出かける前に入れ忘れた
のだ。
「あ~~~!!」と頭を掻きむしりたい衝動と恥ずかしさで顔が赤くなるのが同時だった。言い訳をして信
じてもらえるのだろうか?どうしよう・・・・・・・
「でも、正直に話すしかない。」と、免許証で身分証明をしつつ「用事をすませたらすぐ家に戻りこちらの
支払いに参りますので・・・・・・」とお詫びとお願いをした。
お店のおかみさんは驚いていたふうではあったが、今度いつ来るかもわからないこの客に嫌味を言うこ
ともなく了解してくれた。
ほっとした。ありがたかった。ありきたりの言葉を借りるなら人の情けを思った。
そして、思い出していた。このお店に初めて入った時のこと。先客と暖かい話をしていたおかみさん。テ
ーブル越しにそれとなく聞かせてもらったその話の内容に、自分にも思い当たる節がありチカラをもらった。
2度目の時は帰り際に「もし良かったら・・・・」と、趣味で育てたという山野草をいただいた。わたしはそれ
らのことを覚えているが、だれにも親切なおかみさんはわたしを覚えてはいないだろう。
なんとなく慕って3度目の今日久しぶりに訪ねて行ったが、まさかこんな失態をしてしまうなんて思っても
みなかった。でも、こんなことって往々にしてある。少なくともこのわたしには。
ちょっとのつもりの用事が長引いてしまい急いで家に戻りおかみさんのもとに引き返した時は、辺りが既
に薄暗くなっていた。
客足が引いていたからかご主人が厨房から出て新聞を読んでいた。
ご主人に頭を下げ「先程は・・・・・・」と名乗った。ご主人は「あっ!!」というふうな表情をして「おーい!」
とおかみさんを大きな声で呼んだ。
ご主人の声に走るように出て来たおかみさんの顔はあふれんばかりのような笑顔だった。
そのおかみさんの姿を見て、なぜかしらいいようのないうれしさがこみ上げ涙がわいてきた。
こんな申し訳のない客を信用し待っていてくれたご主人とおかみさん・・・・・・・
何度も頭を下げて立ち去ったが、なんとも言えない幸福感でいっぱいだった。そして、いろいろに過ぎ越
し方を思い起していた。さまざまな方々から沢山の親切を受けお世話になってきたこと。
困ったことも数々あったが、その時々に助けていただいた。その数、数え知れない。
ひとは、一たび通り過ぎるとそのことを忘れてしまうことが多い・・・・・・・
でも、どんな親切だったとしてもそこにはその人の温かき心、言いかえればその人の愛があったのだと
思う。そう思うと、その愛には恩という灯りをともし続けたいと思った。
今日、あのお店のご主人とおかみさんからそんなことを教えてもらった気がした。
ご主人とおかみさん。本当にありがとうございました。
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