春がきたけど、どうせすぐに終わるんでしょう。梅雨の後は夏だ。嫌いだけど昔ほど憎んではない
あーーーーーーずっと避けていた色恋沙汰
でも泥沼はいつも向こうからやってくる
昨週の失態を思い浮かべては、自分が踏み抜いた地雷の衝撃に薄ら笑いがこみ上げてくる
笑っちゃってはいるんだけど、それでも冷静に振り返ると全く笑える状況ではない
腹を括っているのかいないのか、曖昧な返答にしっかりと翻弄されている
遠い昔の事に様に思えて、彼の年齢だったころの自分の思考はもう思い出せない
記録によれば、自分は思っていたよりも大人だったらしい
同じ道理なら彼も私が思うよりも大人なのかもしれない、とも思う
当時好きだった男には、冷静な振りをしながら、でも、今よりはずっと一生懸命だった。相手にされなかった理由にも頷ける。幸せはつかめそうで掴めない距離が一番だと思う
それでも、彼の心は当時の私よりもきっともっと綺麗なんじゃないかなと思う
私が踏みにじられたり、貶められたり、尊重されない事で負ってきた傷だったり
苦しみながら進んだ道が、彼にっとてはこれからの未来なんだと思うと心が苦しい
出来ればずっと健やかに守られて愛されて生きて欲しいと思う
そう思うのは愛なのか偽善なのか、今はまだ分からないけれど
欲しかった言葉が思い出せなくて、口をつぐむ。大人の余裕に見えているんだろうか
あたしはいつもいっぱいいっぱいなのに
20代で得た唯一の知見はルーティンは自分で自分を律する(あるいは取り戻す)儀式
ペースを崩したらきっと何もかも終わるのでしょう。今度は這い上がれないかもしれないという恐怖はいつも傍にある
この恋もいつか終わる
予感ではなく予告。昨日からの全ては永遠なんてない事を裏付ける、単なる予定調和
この恋もいつか終わるという事実だけは変わらないのだから、きっと終わりがきても笑える